もぐれ!モグリール治療院 序章―2―「ゴブリンは5回までなら殴ってもいい」
≪前回までのあらすじ≫
辿り着いたエスカルチャ村がゴブリンに占領されてたので、討伐隊を手助けして一旗上げることにした。以上、あらすじおしまい。
討伐隊を手助けするとは言ったものの、私の目的は遥か遠くの冒険者の町スルークハウゼンまで行くための船であって、ゴブリンとこの村との争いにはそんなに興味が無い。なんとなく同種族の人間に協力した方が都合が良さそうなのと、奪われた土地や食糧は奪い返すのが習わしなので助けはするけど、狩りの理屈でいえば取られる方が悪いといえなくもない。おまけにこの討伐隊、結成してから今日まで中々重い腰が上がらずにいたのだから、あまり戦闘の役に立つとも思えない。でもまあ肉壁くらいになってくれたらいいので、私はあくまでも別行動で彼らと大きく距離を取りつつ、側面から回り込む形で茂みの中を移動している。
人見知りというわけじゃないよ? いくら小さな村から出てきたからって、私ほどの者ともなると人見知りなどしないのだ。単に知らない人にいちいち自己紹介して、よく知らない相手と上手くいくかもわからない連携を取るのがめんどくさいだけで。ほんとだよ、人見知りじゃないよ。
私は気迫を込めるためにも狼の毛皮を纏う。私の故郷ノルドヘイムの戦士は、一人前の証にナイフ1本で獣を狩る。仕留めた獣は余さず食べ尽くし、毛皮は人生の相棒として身に纏う。お兄ちゃんは熊の毛皮を纏っていたし、お姉ちゃんは巨大な角鹿の頭蓋骨を被っていたし、じいちゃんもセイウチの毛皮を着ていたし、おかーさんも見たことのない魔獣の毛皮を身に着けていた。
雪の女王のふたつ名を持った老狼の毛皮を頭から背中に掛けてすっぽりと被り、体の芯から湧き上がる戦意を爪先から頭の天辺の隅々まで巡らせて、眼を鋭くして敵地を睨む。
元々ただの平凡な村だっただけあって、障害物になりそうなものは壊れた家屋と牧場や広場の柵くらい。高い建物は村役場かなにかだった3階建ての廃屋のみ。その屋根の上に弓持ちの小柄な姿がちらっと見える。
下では松明を持った見張り数名がうろうろしてるけど、見たところ罠らしい罠もなく、むしろバタバタと歩き回るおかげで、わざわざ踏んでも大丈夫ですよって目印まで付けてくれている。バリケードを壊しにかかる討伐隊の姿を捉えたようで、ぎゃあぎゃあと喚きながらバタバタと足音を立てて向かっていった。
さて、どうしたものか。
選択肢はふたつ、
・ゴブリンを屈服させて船を奪う
・ゴブリンを全滅させて船を奪う
どっちも似たようなものだけど、適当なところで手打ちにするとしたら、殲滅戦までは行かないから討伐隊の被害もある程度まで抑えられる。その代わり村への反撃の恐れがある。
圧倒的に楽なのは全滅の方。手加減する必要もないし、後腐れもないし、面倒な交渉だって省ける。その代わり徹底的な殲滅戦になるから討伐隊の被害も大きい。
あえて難しい方に挑戦してみる? ここの村人が恩返しにスルークハウゼンまでの船頭をやってくれるかな? そんな余裕があるとは思えないし、むしろ腕力で屈服させたゴブリンなら手下として働いてくれるかもしれない。逆らったら頭を勝ち割ればいいだけだし、むしろそっちの方が得なのでは?
▶ゴブリンを屈服させて船を奪う
よし、ちょっとゴブリン従えてみるか。
となると、まずはゴブリンの頭目、こいつをしばき倒す。それからゴブリンを村から追い出して、行き場のなくなった哀れなゴブリンたちを、私についてこいとかなんとか呼びかけて従える。
……なんて、めんどくさい。細かいところはゴブリンの頭目を潰してから考えよう。
「……あいつか」
バリケードを突き破って剣や斧を振り回す村人たちの正面、小柄なゴブリンたちの中で、縦にも横にも群を抜いて大きな個体、おそらくあれが群れの頭目か腕自慢だ。わちゃわちゃと小競り合いする小者は討伐隊に任せて、廃屋の屋根伝いに走り、まずは邪魔な弓兵を叩き落とす。そのまま一気に駆け降りて、でかぶつの背後から強烈な一撃を頭の天辺に打ちつけた。
でかぶつは割れた果実みたいに鮮血を撒き散らしながら倒れ、そのままびくんと大きく体を1回2回揺らしてみせて、数秒後には完全に動きを止めた。予期せぬ場所からの奇襲を受けたゴブリンたちは、顔色を変えながら一斉にこっちに向き直り、同じく予期せぬ加勢を得た討伐隊は何故か顔色を青白く変化させて、
「うわぁー! ノルドの蛮族だぁー!」
「逃げろー! ぶっ殺されちまうぞ!」
どういうわけか、村奪還も成し遂げていないのに慌てて逃げ出していった。
このエスカルチャ村はノルドヘイムから最も近い村のひとつだ。旅に出たおとーさんやお兄ちゃんたちの誰かが、この村で大暴れしたことがあるのかもしれない。もしかしたらもっとずっと前から、ノルドヘイムの戦士はふもとの住民たちから恐れられていたのかもしれない。ちょっとだけ返り血を浴びた私の姿が恐ろしく見えた? 失礼な、こんなかわいい女の子に向かって。
内心憤慨しながらゴブリンの方に向き直ると、
「のるどノ蛮族! タスケテ、コロサナイデ!」
「オカネト食糧ナラアゲル! ダカラ許シテ!」
ゴブリンたちは足下に武器を捨てて、必死に命乞いを始めたのだ。あのねえ君たち、私が誰でも彼でもところ構わず頭を割るような、口より先に手から生まれた狂戦士に見えるのかね。確かに君たちの頭目は足元でぱっくりと割れてるけど。あ、脳みそが流れ出てきた。
聞けばゴブリンたちにも故郷の村があり、頭がバケツのようにへこんだ長老が若ゴブリンたちに口すっぱく語ってみせたのだという。いわく、ノルドヘイムに暮らす蛮族に遭遇したら死んだと思え、と。かつてゴブ老が遭遇したノルドの蛮族は、当時村一番の力自慢だった若きゴブ老を出会い頭に殴ってきて、目覚めた時には頭に鉄槌のような硬さの拳を振り下ろされて、何回目で割れるか試されていたのだそうだ。
もう随分と昔の話だけど、どうやらノルドヘイム名物にして唯一の娯楽【頭の骨何回で割れるかな】はその頃から存在していたらしい。なんだ、おとーさんの発明した娯楽じゃなかったのか。ちょっとだけ親の評価が下がった。
さらにその蛮族は、ゴブリン討伐の謝礼を出し渋った村のえらい人を殴り倒して、腹いせに村の建物を片っ端から焼き払って、ついでに家畜をすべて肉にしてしまったのだとか。
道理で村人が怯えて逃げ出したわけだ。とんでもない酷い奴がいたもんだ、まったくどこのどいつなんだか……高確率でじいちゃんかその兄弟あたりの仕業だと思うけど。
「こほん。えー、君たち、私は平和と平穏と話し合いを愛する普通の女の子だから、もちろんそんなことはしないよ。とりあえず船を寄越せ、あと漕ぎ手が欲しいから何人か手下になれ」
私が笑顔でゴブリンたちに告げると、群れの何人かが武器を手に斬りかかってきた。黙って従うくらいなら死に物狂いで戦いを選ぶ、ゴブリンも中々に骨がある。その骨、何回目で砕けるかな。
真っ直ぐに向かってくる切っ先を避けながら、そのままゴブリンその1の頭に斧を叩き込み、そいつを盾にしながら
その2の頭を横殴りに切り飛ばしてみせた。残ったその3の武器を切り返しながら弾き飛ばし、どてっぱらに蹴りを打ち込んで地面に転がす。
「もう1回言うけど、私は争いに来たんじゃないの。交渉に来たの。わかる? 話し合いをしようってわけなの」
そう、これは交渉なのだ。私は船と漕ぎ手が欲しい、ゴブリンは死にたくない。れっきとした交渉なのだ。
そんなの交渉とは言わないって? そんなことはない。逆らって頭を割られるか、素直に笑顔で従うか、ゴブリンにも選択肢を用意してあげてるのだ。これを交渉と言わずになんと言おうかって話だ。
「私は優しいから、5数え終わるまで待ってあげるね。いーち!」
地面に転がったゴブリンに跨り、馬乗りの体勢のまま拳を振り下ろす。ゴブリンの鼻が明らかに違う形に歪んだけど、まだ息をしているから大丈夫。なにが大丈夫なのかは説明できないけど。
「にー!」
振り被った拳を思い切り頭めがけて落とす。額がへこんだけど、まだ痙攣してるから大丈夫。
「さーん!」
再び拳を振り下ろす。下顎が閉じなくなったけど、果物は潰せば食べられるから問題ないと思う。
「アノ! チョットイイカ!」
「なあに?」
「モシ、5数エルマデニ答エナカッタラ、ドウナルンダ!?」
なんだ、何が聞きたいのかと思えばそんなことか。ゴブリンはちょっと頭が悪いようなので、私は子どもに教えてあげるように満面の笑みで教えてあげた。
「もちろん次のゴブリンで5数えるだけだよ、君たちが首を縦に振るまで」
数秒後、ゴブリンが首が埋まりそうな勢いで地面に頭を擦り付けて、快く船を譲ってくれることとなった。
◆❖◇◇❖◆
「オヤブン、船ノ準備デキタ!」
「オヤブン、食糧ト武器モ乗セタ!」
「オヤブン、着替エモ選ンドイタ!」
翌朝、ゴブリンとの交渉を終えた私の手元には、一隻の筏船と手下のゴブリンが3人。名前は端から順番にポロッカ、ペリーニ、プロンタ。性別は雄、雌、雄。正直言うとゴブイチ、ゴブニ、ゴブミとかがよかったな、覚えやすくて。
ところでゴブリンの数が足りないような。おかしい、あと5人はいたはずなのに……!
「他ノごぶりん夜ノウチニ逃ゲタ!」
「粛清? 粛清シニイク?」
「武器ナラココニ!」
いや、行かないよ、めんどくさい。そんなのいちいち相手にしてたら日が暮れる。そんなことより少しでもスルークハウゼンに近づかないと、冒険者になる前に私がババアになっちゃうじゃないか。
「よし、出航するよー」
私たちは廃屋で手に入れた武器と食糧、あと金目の物なんかを積んだ船を出航させた。なお、スルークハウゼンまでの行き方はよくわかってないし、ゴブリンたちも知らない。
To be continued……
≪加入ユニット紹介≫
ポロッカ、ペリーニ、プロンタ
種 族:ゴブリン(男、女、男、13歳)
クラス:戦士(レベル1)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 19 4 1 3 1 8 6 1 0 1 4↑2↓3(歩兵)
成長率 30 30 15 20 10 30 25 15 10 10
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 弓術:E 体術:E
探索:E 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:E
【装備】
青銅の剣 威力8(4+4)
【スキル】
【個人】モブゴブリン(ゴブリンが隣接している時、回避+10)
【基本】オウルアイ(夜間の命中・回避+10)
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