ぷかぷか!メガロドン海賊団航海記(2) 今夜は焼き鳥パーティーだ!


まずは新しい中古の漁船【メガフカヒレ号】に慣れようとアーモロードの近海を進んでは帰るを繰り返して何度目かの航海、沿岸とは呼べない程度に離れた西の海域を進んでいると、私たちの目と鼻の先、といっても望遠鏡で覗いて目と鼻の先なので実際には海戦に突入する間合いよりも更に遠間に、古びてはいるものの立派な灯台が姿を現した。
「お嬢、あれってあれじゃねえ?」
「アレじゃわかんない」
「あれだよあれ、港のじーさんが言ってたなんとかって灯台じゃねえの?」

【スカンダリア大灯台】
大異変の前の古代技術で築かれた、かつての交易の道しるべ。地形が変わって陸から切り離され、人が通えなくなって放置されてしまった。
以前のような船を導く灯火は、安全な航路と共に失われたままなのだとか。

さらには灯台には怪鳥が棲みついてるのだとか……。
確かに灯台のレンズのあたりに黄金色に輝く煌びやかな翼の、やたらと馬鹿でっかい鳥がいる。港の主の話だと、幾人もの海兵や漁師たちがこの鳥に襲われ、船を壊されて涙を流したのだという。そして灯台が無ければ航海の安全も無く、西の海域の調査はさっぱり進んでいないのだとも。
要するに遠洋を進むには道しるべとなる灯台の修理が必要で、そのためには怪鳥退治も当然必要で、さらにそのためには怪鳥に襲われずに灯台に上陸する航路を探さなければならないってわけ。怪鳥なんかカノン砲で粉砕しちゃえばいいのに、と思わないでもないけど、こんな漁船同然の船にそんな都合のよい物は搭載されていない。かといって白兵戦用の火槍銃では距離が遠すぎる。銃の射程まで引き付けるには、このボロ船ではちょっと……いや、だいぶ心許ない。私たちが怪鳥に蹴散らされる前に、この船が海に沈む方がずっと早いかもしれない。そんな博打みたいな真似は出来ない、私もコルセアも海の恐怖は嫌ってほど理解しているのだ。
「よし! いったん港に帰って、食糧詰んで出直し!」
「賛成だぜ、お嬢! 取舵一杯、帰還する!」
私たちは後日、改めて灯台攻略を試みることにした。


「というわけで我々メガロドン海賊団は、灯台を攻略するためにもっと保存の利く食糧とカノン砲を要求する!」
と叫んでカノン砲が手に入るなら世の中苦労などしない。食糧は海兵に乾燥えんどう豆を分けてもらったり、羊飼いのじーさんにアモロ羊のチーズを分けてもらえたりしたけど、さすがにカノン砲は誰も心当たりがない。せめて船首にセーカー砲でいいから載せたいところだけど、あいにくそっちも品切れ状態。なんてこった、こんなんだと海賊に攻め込まれたら太刀打ち出来ないじゃん! いや、私たちも海賊なんだけどね!
「ねえ、この港って大砲とかないの? ねえってば」
心配半分、ないわけないだろ出せよオラオラの下心半分で、海都警備隊の詰め所で尋ねてみたところ、
「あるけど、海賊にくれてやる大砲は1門たりともねえよ。帰れ、ちびっこパイレーツ」
実に辛辣で心温かな回答が返ってきた。しかも使い古された雑巾を投げつけられるというステキなおまけ付きだ。いったい私が何をしたんだと訴えたいところだけど、こうやって蛇蝎の如く嫌われるのもまた海賊冥利に尽きるというもの。目の前にいる第三分隊とかいう連中の、特にいけ好かない整った顔をした隊長らしき男の脛を思い切り蹴つって、全力疾走で詰め所を後にした。金的じゃなくて脛で勘弁してやったことに感謝しろ!

「というわけで我々メガロドン海賊団は、じっくりと灯台を攻略する!」
「なあ、お嬢。なんで大砲探しにいったのに、警備隊と喧嘩して帰ってくるんだよ? ははーん、さてはトラブルメーカーだな?」
呆れた顔のコルセアに嗜められながら帆を張り直し、私たちは改めて灯台攻略へと出発した。
灯台周辺の海流をじっくりと観察してみると、灯台の東側、つまりアーモロード側は穏やかな海流が流れているけど怪鳥が睨みを利かせている。南北もそれほど荒れた流れはないけど、代わりにうっそうとした森が灯台への道を阻んでいる。西側、アーモロードから見て灯台の裏側にあたる海流は複雑で、灯台側に引き寄せるような海流と、反対に遠ざけるような海流が混ざり合い、おまけに渦潮が腹を空かせた怪物のようにうごめいている。
こういう波を見つけた時は、まず慌てずに流れを観察しろとエル・ドラゴ海賊団の船長が教えてくれた。海は生物みたいなものだけど、生き物みたいだからこそ付け入る隙もあるし、時には油断のような甘さも覗かせる。
私は鷹のように目を凝らしながら潮の流れと変化を確かめ、渦潮を避けて灯台へと辿り着く一筋の道を見極める。あとは勇気を出して船を進めてしまえばいい。
「おりゃー!」
「死んだら恨むぜ、お嬢!」
獲物を捕らえたタコのような容赦ない急激な流れに引っ張られ、船の操作を完全に奪われながらも、そこは狙い通り。私たちを乗せたメガフカヒレ号は無事に灯台の裏へと辿り着いた。
このまま怪鳥を退治してしまいたいところだけど、私とコルセアだけでは戦力的に心許ない。まずは灯台への航路を海図に書き記して、港の主に報告することにした。


その日、港は歓声に沸いた。
百年もの間、人を寄せ付けなかった大灯台への海路。これは海都復興への第一歩になるだろうし、そう遠くない将来、私が海賊王として手記を出すとしたらまずこの話を偉業その1として記すことだろう。
報酬として受け取ったフォアマストにでかい鮫の絵を描いてもらいながら、あ、この絵を描いてるのは港の近くに住んでる塗装屋のおじさんで、漁師たちから船体やマストの塗装を請け負っている。その仕事ぶりへの評価は両極端で、やべえ惚れたってくらい気に入る人もいれば、酒瓶で殴りつけそうなくらい怒る人もいるらしい。私は荒々しくていい感じだと思う、海賊は旗にドクロを掲げるのが通例だけど、この鮫はきっと私たちの象徴となってくれるに違いない。
気分よくエールを飲んでいると、そこらで若い女を引っ掛けに行ったはずのコルセアの、慌てて戻ってくる様子が視界を横切った。
「お嬢、お嬢! 大変だ、冒険者たちが俺たちの偉業を聞きつけて港に集まってきてるぜ!」
冒険者というのは普段アーモロードの世界樹に挑んでいる連中のことだ。そっちでの活動が中心だからか、あまり海図を書くことに力を割かないようで、小銭稼ぎの漁くらいしか働かない場合が多い。とはいえ本質は冒険大好きの命知らずな連中、新たな冒険の場所が見つかったと聞けば、飯の途中でも風呂の途中でも、たとえ寝ている途中であっても飛び出さずにはいられないのだ。
もちろん血気盛ん具合でいえば海賊だって負けてられない。彼らと一緒にあの忌々しい怪鳥を討ち取って、将来出す手記の1ページに添えてやろることにしようじゃないか。
「よし! 今夜は焼き鳥パーティーだ!」
「いや、食べるつもりかよ!?」
野暮なツッコミは無視して、私たちは冒険者たちの元へと駆け出した。彼らも灯台まで泳いでいくわけにはいかない。船が必要だし、正確な航路を把握した航海士が必要なのだ。怪鳥倒して名声を上げて、おまけに船賃も貰えるなんて、こんなおいしい話はない。まったくしょうがないなあ、冒険者って奴らは手間かけさせやがって。エールが何本飲めることやら!


「それがし、キリカゼと申す。主の命により、霊鳥の子安貝なる物を探し海都に訪れたので御座る」
本当はもっとどっさり乗せるつもりだったけど、同じことを考えた奴らもいたのか、私たちの船に乗ったのはキリカゼというシノビのお姉さんがひとり。黒い頭巾で顔を隠しているけど、目元は涼やかでおそらくとてつもなく美人。長身で線は細いけど、鍛え上げたシノビだけあって体幹と筋力は中々に強そう。
そんなキリカゼさん、彼女が仕える主とやらがなんとかって姫に求婚した際に宝を求められ、そのひとつが灯台にあるのではと睨んでいるのだという。確かに怪鳥が珍しい宝を持っていても不思議ではない。烏だって瓶の欠片とか鉄釘とか集めるのだから、数々海兵や漁師の船を襲った怪鳥、財宝のひとつやふたつを溜め込んでいる可能性は十二分にある。
「任せてよ、キリカゼさん! 大船に乗ったつもりでいなさい!」
「なあ、キリカゼさん。怪鳥を無事に倒したら、一緒に酒場に……ぐぇっ!」
客を酒場に誘おうとするコルセアの尻を蹴飛ばして、私たちメガロドン海賊団+キリカゼさんチームは、スカンダリア大灯台へ向けて出航した。

廃墟のように荒れ果てた灯台内部を慎重に進み、ようやく屋上へと出た時、戦いは既に始まっていた。
巨大な怪鳥と対峙する炎を操る占星術師とその弟、屈強な重騎士と戦士を従えたお姫様、彼らを連れてきた船持ちの冒険者たち数名が、血と回復薬を撒き散らしながら死闘を繰り広げていたのだ。
「あー! 私の焼き鳥が取られちゃう! キリカゼさん、急ごう!」
「承知!」
キリカゼさんは恐ろしく素早い動きで怪鳥の懐に飛び込み、その鋭い爪を切り落とした。その隙を突いて占星術師が翼に炎を浴びせ、鎚を掲げた戦士が強烈な一撃を頭にお見舞いする。屈強な怪鳥といえど立て続けに攻撃されては堪らない。悲鳴のような雄叫びを上げて脚を振り回し、冒険者たちを撥ねのけたその刹那、背後から匍匐前進でこっそりと忍び寄った私は、跳び上がると同時にその首元に強烈な刺突を叩き込んだ。
一層けたたましい叫び声を発しながら怪鳥は地上へと墜落し、そのまま渦潮に飲み込まれるように姿を消した。
「どうだ、怪鳥め! これが私たちの力だ!」
「さすがお嬢。火事場泥棒も顔負けの見事な手柄の奪い方、俺じゃなかったら惚れちゃうね」
うるさい、勝てばいいの! 勝てば官軍、これは古の時代より決まっている揺るぎない事実なのだ!
「……霊鳥の子安貝!」
勝利の喜びに浸る私の横を摺り抜けて、キリカゼさんは怪鳥の巣へと駆けこんでいった。そうだ、財宝! 私も財宝欲しい!
キリカゼさんに続けと怪鳥の巣へと踏み込むと、そこにあったのはせいぜい折れた帆先だとか、ビリビリに敗れたマストだとか、そんなものばかり。金目の物など一切見当たらず、せいぜい怪鳥の爪と巣の材料として選りすぐった丈夫そうな素材が金に換えれるかなーってところ。もちろん彼女の求めていた子安貝などあるはずもなく、がっくりと肩を落として暗い顔をして戻ってきた。
「まあまあ、こんなこともあるよ。そう気を落とさずにね」
「そうだぜ、キリカゼさん。気分転換に一緒に酒場なんてどうだ?」
私たちは落ち込むシノビを慰めながら、港に戻って酒場へと繰り出し、頭が割れるくらいに痛飲したのだった。


翌日、酒場の隅っこで目を覚ました私の目の前に一枚の手紙と黒い頭巾が置いてあった。
『メガロドン海賊団殿。皆のおかげで彼の鳥を打倒できて候。子安貝の有無だけでも判明し、それがしは満足で御座る』
手紙の主はキリカゼさんで、酒場の店主によると散々飲み食いした後、しれっとした顔で酒代と飯代を払い、さらにお礼の手紙と頭巾を置いて帰ったらしい。シノビは幼い頃より毒に対する耐性を鍛えるそうだけど、まさか酒にも強いとは。そして飲みっぷりも飲んだ後も太っ腹だとは、私が男だったら惚れてるところだった! 危ない!
でも私、シノビじゃないからなあ……。折角頂いた黒い頭巾だけど、隣で酔い潰れてる馬鹿が変態に売ったりしないように、どこか安全な場所に預けておくことにする。そのうち女シノビが仲間になったら伝説のシノビの装備として授けようと思う、そんな予定は今のところ一切ない。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


コルセア=ラ・レアル


俺の名前はコルセア、港々に恋人を作りたい海の男だ。
海の男っていうのはそもそもそういうもので、俺の所属していたエル・ドラゴ海賊団も例に漏れず、そういう海の男はゴロゴロしていた。立ち寄る港ごとに女がいて、陸に上がればありったけの愛を以って接する。時にはしこたま搾り取られて金も精も尽き果てたりするもんだが、それもまた男冥利に尽きるというもの。明け方の港で酔い潰れて身包み全部剥がされた姿こそ、海の男かくあるべし、と力説する先輩方もいた。
いや、そうじゃねえだろ、とは思ったけど言わないのもまた、海の男としての大事な要素だ。
他人の夢を土足で踏みにじっちゃいけねえ。もし踏みにじるとしたら、そいつは命乞いする軟弱野郎の頭を踏んだその時だ。というのも、また別の海の男の先輩方の発した名言のひとつ。
俺たち海賊は相手に舐められちゃいけねえ、仲間を裏切ってはいけねえ、そして女にはとびっきり優しくないといけねえ。

ってわけで、今日も今日とてメガロドン海賊団の副船長兼お目付け役兼護衛兼雑用係として忙しく働いている。
「お嬢、甲板掃除と食糧庫の整理、あと交易品の売却も済ませといたぜ」
「ごくろーう。休憩がてら飯でも食べにいこっか」
そして俺の働くメガロドン海賊団の提督が、お嬢ことマイラ・フーカという女海賊だ。
お嬢は年こそ俺より3つばかり若いがエル・ドラゴ海賊団では先輩だ。なんせ13歳にして海賊船に乗った筋金入りのヤバい女だ。船長が規律に厳しい御方だったから、お嬢に言い寄る男はそんなに多くなかったが、それでも基本男所帯の汗臭い船の上。お嬢に粉をかけた馬鹿野郎が、竿と金玉を『なめろう』みたいに叩き潰されたのを見ちまったら、軽口は叩けても寝床を襲おうなんて企む奴は居なくなった。
それに加えてお嬢は見てくれは中々どうして美少女の部類に入るものの、どうにも丈と膨らみと色気が足りねえ。たまにコバンザメズ、こいつらは海都で船を探してる時に恐ろしいババアに押し付けられた水兵たちだが、たまにそいつらから「ヘイ、コルセア。お嬢にいけよ、何事も気合いだぜ!」みたいな余計なことを言われるが、まったくそんな気には起きないまま今日に至る。それに……

「海の男は女にとびっきり優しくするもんだが、同時に船長の命令は絶対だからな。元船長にお嬢をよろしく頼まれたからには、無礼と間違いは許されねえ」

船長には町のくだらない不良少年だったクソガキを、一人前の海の男にして貰った借りがある。
俺たち海賊は相手に舐められちゃいけねえ、仲間を裏切ってはいけねえ、そして女にはとびっきり優しくないといけねえ。ついでに受けた恩は絶対に返さないといけねえ、そういうもんなのさ。

コルセア=ラ・レアル
【年 齢】21歳
【クラス】パイレーツ(素質:ファランクス)
【スキル】常在戦場、他
【所 属】メガロドン海賊団(副官)
【出 身】交易都市アイエイア
【適 性】副官

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