妖刀ニヒルは活躍したい(幕間)

真に優れたブシドーは自らの命を預ける刀と魂で繋がり、刀の声に耳を傾けるという。
これまで何十もの剣客の手に渡ってきたが、ひとりとして我が声を聴けるツワモノは現れてくれなかった。それどころか持ち主を次々に死に至らしめたことから、呪われた妖刀と忌み嫌われ、いつしか武器屋の倉庫で眠り続ける日々を送る羽目になってしまった。
我が名はニヒル。尋常ならざる切れ味と呪いを持つ八ツ胴落としの妖刀ニヒル。

初めに我を手にしたのは白船と呼ばれた旅の剣豪だった。その男は義侠の者で自らの正義を重んじ、弱きを助け強きを挫き、しかし些細な諍いをきっかけに夜襲に遭って命を落とした。
次に我を振るったのは狒狒頭という山賊の頭目だった。悪鬼羅刹のように振る舞い、近隣の多くの民の命を奪い、やがて更に強き者の手で討たれた。
次に我を握ったのは弦之丞という用心棒だった。金のためなら命を惜しまない蛮勇さを持ち、背に受けた矢傷によって肉が腐って死んだ。
次に我を収めたのは万両という商人だった。あこぎな金貸しでもあった男は護身のために腰に刀を提げ、客だった浪人と斬り合って互いの首を刎ねた。
次に我を担いだのは多々良という鍛冶屋だった。道に打ち捨てられた哀れな刀を拾っては打ち直し、立派な鞘を拵えていたが、刀の持つ魔に憑りつかれ、数々の辻斬りの果てに処刑された。
次に我を掲げたのは有楽という処刑人だった。100を超す罪人の首を落としたためか、誰ともわからぬほど多くの恨みを買い、最期には腹を刺されて川に浮かんでいた。
その後も我は何人ものに渡り、中にはまだ言葉も喋れぬ幼子から明日にでも墓に入ろうかという老婆までいたが、そのどれもが非業な死を遂げてしまった。やがて我は妖刀と忌み嫌われるようになり、時には物珍しさで我の複製を試みた者もいなくもなかったが、結局は呪いを恐れた愚かな人間共の手で鞘も柄もない剥き身のまま封じめられ、こんなどこの誰ともわからぬような者の武器屋の倉庫で眠り続けることとなったのだ。

しかし刀は敵を斬るための武器だ、いつまでも眠っていいものではない。
「すまないねえ、お嬢さん。倉庫の片付けまで手伝ってもらって」
「いいえー、困った時はお互い様ですから」
寄る年波に勝てなくなった武器屋は腰を痛めてしまい、町の交易所の看板娘に在庫一式を預け、我は数年ぶりに火の光を浴びることになった。我は封じられたまま工房へと運ばれ、間に合わせの鞘と柄を拵えている最中、妖刀の妖刀たる本領を発揮してみせたのだ。
我を運ぶ工房で助手を務める若い鍛冶師の意識を乗っ取り、そのまま往来へと飛び出し、我を扱うに相応しい使い手を探すことにしたのだ。

もちろん闇雲に探し回るつもりはない。我も何人か目星をつけている、ひとりは中堅ギルド【ムラクモ】のローニン、三十半ばのブシドーで上段の構えからの強烈な一撃を得意としている。さらに上位ギルド【サムライソウル】のカミイズミ、ベテランの老剣士でどの構えからでも隙の無い技を繰り出す技巧派。同じく上位ギルド【刀狩り】のベンケイ、全身に武者鎧を着ているので素顔を知られていないが、ブシドーには珍しく屈強で堅牢堅固を誇る異色派。最後に新米ギルド【山田とゴリラ】のリーダー、山田何某。ここ最近巷を賑わせている百獣斬りで魔人殺しの氷姫討ちに魔鳥退治の、個人の実力だけでいえば頭ひとつ抜けた若い女ブシドー。
この中であれば誰の手に渡っても不満はない。我の不遇を帳消しにする程の活躍をしてくれるに違いない。

                    

虹竜ノ月4日。
飯でも食べようと思い、ゴリラを連れて道端を歩いていると妙な男が斬りかかってきた。割と誰でも帯刀している故郷ならいざ知らず、まさかハイ・ラガードでも辻斬りが現れるとは……私は振り下ろされた刃を避けて、男の横面を鞘で打ち払い、そのまま眉間と鳩尾と鞘尻で小突いて転ばせる。刀から手が離れた途端に男は白目を剥いて、ゴリラの余計な一撃を受けて意識を彼岸の彼方まで蹴飛ばされた。
「んん? この男、どこかで見たような……?」
「確か【虎鉄】とかいうギルドのメンバーだな。ブシドー3人とガンナー2人の攻撃特化パーティーで、命知らずの特攻野郎共とか呼ばれてる奴らだ」
そのギルドのことは全然知らないけど、言われてみれば冒険者ギルドで通りすがったような気がしないでもない、ような気がする。でも気がする程度の相手なので、恨まれる覚えもなければ斬りかかられる節もない。

「思った通りに釣れたのだ! 我の『適当な奴に辻斬りさせたら巡り巡って大物と出くわす作戦』は大成功なのだ!」

放り出されて地面に突き立てられた刀の方向から、素っ頓狂な子供みたいな声が聞こえてきたかと思うと、そこには雑に拵えた鉄の柄と鍔をはめただけの刀と一緒に、1匹の白い虎が幼い姿で前足をバタバタと振り回いしていた。
「さあ、早くこの刀を拾ってしまうのだ! こいつもブシドーなのだから、我、妖刀ニヒルの魅力には逆らえないはずなのだ!」
「……妖刀ニヒル?」
「なかなか博識な女なのだ。なかなか見上げたものだが、そんなことより早く刀を拾うのだ!」
どうやらこの虎みたいな何かは、私に刀を拾わせたいらしい。おそらくさっき殴り倒した男のように、刀を握ると操られてしまうとか、そういう妖術の類でも仕掛けられているようだ。ついでにこの虎、よく見ると額から小刀くらいの刃が生えていて、ついでに尻尾の先も刃物のように尖っている。虎型の魔物の子供かなにかのようだ。

「ねえ、あの虎みたいな子だけど」
「虎? そんなもの何処にいるんだ?」
「どうやって我の姿を見破ったのだ!?」
ゴリラが怪訝そうに瞼をひそめ、虎が慌てたように前足で空を掻いている。どうやらゴリラには見えていないようで、虎からしたら姿を見られたのは意外だったらしい。
「がおー!」
虎が肺いっぱいに息を吸い込み、けたたましいと言えなくもない咆哮と共に、空気を音と衝撃に変えて吐き出すや否や、ゴリラが気を失ったように地面に転がる。
「どうだ! これが我ら剣虎の奥の手なのだ! これで山田が気を失ってる隙に刀を握らせてしまうのだ!」
「いや、私は気を失ってないんだけど」
「なんでなのだ! おかしいのだ!?」
虎が前足をこれでもかと振り回しながら、後ろ足で地団太を踏むように地面を何度も蹴っている。

養父上から聞いたことがある。
大陸のどこかに剣虎という種族がいて、彼らは普通の虎とは違って子を成さず、妖刀や名刀と共に突如として誕生する。優れた刀として生をまっとうするか、妖刀さながらの力を備えた虎の王として生きるかは個体によるけど、刀であれば強力な武器に、虎であれば死をもたらす咆哮を発するのだとか。
恐ろしい力ではあるけれど、刀がどんな敵でも必ず討てるわけではないように、咆哮も必ず通用するとは限らない。成功率はせいぜい半々、もしくはもっと低いのかもしれない。剣虎が幼いのも関係しているのもしれない。実際のところ、私は難を逃れているし、ゴリラも一瞬意識が飛んだだけで既に目覚めかけている。
とはいえ厄介な技であることに違いはない。私は一足飛びに剣虎へと近づき、鼻先を上下から押さえつけて、これ以上吠えられないように口を塞いだ。
「むぐー! ぬぐー!」
「君、一体全体なんなのか説明してくれない?」
「んぐー!」
私は剣虎の顔をしっかりと抱えながら、口を挟む指先に力を込めた。

「要するに妖刀の使い手を探していると?」
剣虎の名は妖刀ニヒルといい、いわゆる妖刀に憑りついた妖怪というか、妖刀の化身というか、とにかくそういう生き物なのだそうだ。剣の術理を極めたブシドーは名刀の声が聞こえるという話は知っていたけど、なんてことはない名刀や妖刀には傍らに剣虎がいて、それが見えるようになるというだけの話だ。
そして妖刀ニヒルは長年自らに相応しい使い手を探し求め、その候補として私に白羽の矢が立った。白羽の矢というか凶刃めいていたけど。
「お前の周りは妙な義姉といい妙な虎といい、妙な生き物ばかり現れるな」
妙なゴリラが鼻息を吐き出しながら呟く。ゴリラは剣の術理を修めているわけではないけど、目を凝らして耳を澄ませると剣虎の姿を認識できるようだ。確かに妙な生き物だ、このゴリラも。
「そういうわけで山田浅右衛門藻汐、お前は妖刀ニヒルに相応しそうだから使わせてやるのだ! 我の剣虎としての妖術を使って欲しければ、しばらくこっちの姿で力を貸してやらんでもないぞ」
ちなみに妖刀は自らに相応しい柄と鞘に納まると、以後剣虎に戻ることは出来ず、妖刀として生きることになる。ただ、そもそもが刀なので、やはり妖刀として納まる方が本人的にも望むところらしい。

「柄と鞘ねえ、なんか素材あったっけ?」
「魔鳥から斬り落とした翼があっただろ」
「なるほど! いい鞘になりそうなのだ! 早く工房で作らせるのだ!」

こうして妖刀ニヒルは私の新しい刀となり、剣虎は時折鞘の中から話しかけてくる若干めんどくさい存在として、冒険に同行することになったのだった。


浅(山田浅右衛門藻汐)
ブシドー レベル71
<装備>
妖刀ニヒル、皇帝の胸当て、ガントレット、ブライトサンダル
<スキル>
上段:ツバメがえし、卸し焔
青眼:小手討ち、月影、雷耀突き
居合:首討ち、鎧抜け、抜刀氷雪
其他:鞘撃、白刃取り

剛莉羅
ペット レベル71
<装備>
にゃん2クロー、豪華な首輪、大トンボのピアス、随意の飾り
<スキル>
攻撃:アニマルパンチ、丸齧り、引っかき、ビーストダンス、体当たり
回復:傷舐め、自然治癒、自然回復、最後の足掻き
補助:咆哮
探索:野生の勘

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