ぷかぷか!メガロドン海賊団航海記(5) まだ自慢し足りないんだよ

「そこでだ、あたしゃ言ってやったんだよ! 海王かなんか知らないけど、人間様を舐めるんじゃないってね!」
私の目の前では、ばーさんが水でも飲むような勢いでアラックを流し込みながら、少し前に倒した海王だかなんとかって魔物との武勇伝を語っている。
「あん? 海王ってのはどんなんだって? そうだねえ、見た目は馬鹿でかい勇魚で、全身真っ白、まさに海の王を名乗るにふさわしい風格だが、あたしの敵じゃあなかったね! あたしは奴の全身にナイフを突き立てて、その真っ白い体を赤く染めてやったのさ!」
完全に酔っぱらっているのか、適当に相槌打ってたら問いかけに答えるような形で捲し立てる。どうやらばーさんは勇魚のような魔物を倒したと自慢したいようだけど、勇魚はまあまあな頻度で獲ってるから素直に驚いたりも出来ない。
「なんだい、その目は! 勇魚なんて珍しくもないって顔してるね、だったら深都を見つけた話をしてやろうじゃないか! いいかい、世界樹の下にはだね、深都があるんだよ。さらに驚くなかれ、そこの王はあたしが産まれるよりもっと昔に失踪した海都の王子だったわけさ……なんだい、この話も喰いつかないのかい? って、寝るんじゃないよ、この小娘! ほら、起きな! あたしゃまだ自慢し足りないんだよ!」
ばーさんが酒の回った私の頭を掴み、万力のような力で持ち上げて、ぐわんぐわんと揺すってくる。これもばーさんと飲んでるといつもの出来事だけど、それにしても腕力も酒も強いばーさんだ。きっとあと50年は余裕で生きるだろう、今いくつなのか知らないけど。

こんな具合で、ばーさんことギルド【マッドハニー】のリーダー、バーバラは月に1度は私やコルセアを酒場に呼び出し、私たちが興味が無いからと完全に放置している世界樹での冒険譚を語ってくる。ばーさんも仮にも未亡人だ、泥酔して海に落ちて帰らぬ人となった旦那の代わりに、誰でもいいから話し相手が欲しいのだろう。もしかしたら旦那が泥酔してたのは、ばーさんに付き合わされてたからかもしれないけど、そこは別にどうでもいいというか、あっちもあっちでものすごく酒を飲む人だったらしいから、似たもの夫婦だったのだと思う。
ばーさんからすると、私たちは旦那の形見のボロ船を譲ってあげた仲、つまりは孫のようなものらしくて、なんで孫になるのかはわからないけど、酒を飲むぞといわれたら首を横には触れない。首と胴がまだ繋がっている内に素直に縦に振って、こうして自慢話の聞き手になっているのだ。
ちなみにコルセアはとっくの昔に酔い潰れて、空いた酒樽に詰められて酒場のすみっこで転がっている。私ももう何本目かわからない葡萄酒を前に、もう目を開けてるのも限界になるくらい酔っぱらって、猫みたいな大欠伸をしながらそのまま気を失ってしまった。


「姐さん、お疲れ様です! 水をどうぞ!」
「姐さん、おしぼり冷やしておきました!」
「姐さん、ゲロは拭いておいたので安心してください!」
「姐さん、コルセアは樽のまま路地に転がしておきました!」

翌朝、酒場の片隅で目を覚ますと覆面を被った4人組がいつものように水だのおしぼりだの、酔い覚ましに利くさっぱりしたライムだのを運んでくれた。
こいつらはコバンザメズ、ばーさんの部下というか手下というか奴隷というか肉壁というか、とにかくばーさんから扱き使われていて、それと同時に私のところに貸し出されてメガロドン海賊団の見習い水夫もやっている。いくらメガフカヒレ号が小さい船とはいえ、私とコルセアのふたりで動かせるものではない。リーダー格で雑用頭のコバイチが見張りを、コバジが碇の上げ下ろしを、コバサブロウとコバヨンが帆の調整を担当している。
こいつらは元々地上げ屋だったり、詐欺師だったり、高利貸しだったり、泥棒だったりしたけど、全員ばーさんに締め上げられて下働きをさせられている。当然あのばーさんから給料が払われるわけないので、釣った魚や手に入れた交易品の分け前を与える私のことを女神のように慕い、姐さんと呼ぶようになった。おそらく全員40を過ぎてるはずなのに、18の小娘相手によくそんな態度が取れるものだ。どれだけ間違っても尊厳だけは失わないようにしなきゃ。

「ところで姐さん、アユタヤの船大工からラティーナが出来たって連絡がありましたぜ」
「ということは人手が足りませんな、そこは心配無用。我らコバンザメズ、もっと人数いますんで」
「むしろ姐さんのところで働きたいって奴らで溢れ返ってますので」
「名前は覚えなくて大丈夫です、俺ら人権と一緒に本名捨ててるんで」

どうやら新しい船が完成したらしい。そしてコバンザメズはこの4人だけでなく、もっと人数がいるらしい。あと人権はないらしい……。
もしかしたら私もなにかヘマしたら、コバンザメズに入れられてしまうかもしれない。拠点をアーモロードから別の、例えばアユタヤとかバタビアとか、よその港に移すことも考えておいた方がいいな。
そんなことを考えながら外に転がされたコルセアを回収して、新しい船のお披露目に素直に心躍らせたりしたのだった。


ちなみにそれまで使っていたバルシャ船は、遊覧船をやりたいっていう業者に払い下げたそう。コバンザメズが勝手にやったことなので、私に怒らないで欲しい。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


バーバラ&コバンザメズ


俺の名前はコバイチ、本名はウィリアム・ダンビラ。10年ほど前までは南海で名を馳せた海賊だったが、コツコツ貯めた金を元手に陸に上がって不動産屋を始めた。わかりやすくいうと地上げ屋だ。ある日、港の近くの邪魔くさい漁師小屋を買い取ろうと出向いたら、中から恐ろしいババアがスズメバチのように飛び出してきて、スコップで顔面に一生消えない傷とトラウマをつけられて現在に至る。
現在はコバンザメズのリーダーとして、ギルド【マッドハニー】の一員として世界樹で迷宮攻略をさせられつつ、姐さんことマイラ・フーカ提督率いる【メガロドン海賊団】の旗艦メガフカヒレ号で見習い水夫をやっている。元海賊が陸に上がって巡り巡って見習い水夫をさせられてるなんて、酷い冗談みたいな話だが、姐さんはあのナリと若さで意外としっかりしていて、下で働くのに関して不満はない。仮に不満があったとしても、コバンザメズになった時点で人権は捨てたので、嫌だ辞めるとは口が裂けても言えないわけだが。そんなことを言う前に、あのババアに口を裂かれてしまうからだ。

ある日のこと、アユタヤの船大工が幽霊船退治の礼にと新造のキャラベル・ラティーナを作ってくれたので受け取りに出向き、腹が減ったので適当な飯屋に入ったところ、見覚えのある顔の元海賊と相席になってしまった。
「……なあ、お前、ローバック船団のウィリアムだよな」
「……サア、シラナイヒトデスネー」
なんてわざとらしく白を切っても、バレているものは仕方ない。えげつない傷の刻まれた顔をちらっと見せて、ああそうだよと肯定してみせた。
「海賊やめた俺が言うのもアレだが、なにやってんだ?」
「言うな。男には触れられたくない過去のひとつやふたつ、あるもんだろ」
「それはそうだが、さすがに気になるだろ。なんでお前がマイラのところで水夫やってんだよ、しかも見習いで」
元海賊の名はドレーク。エル・ドラゴ海賊団の首領だった男で、姐さんとコルセアはこの男の下で航海のイロハを叩き込まれた。エル・ドラゴ海賊団のドレークといえば、未だに海の上ではちょっとした伝説だ。義理人情に厚く、烈火のように熱く、まさに海の男に相応しい大人物。おかしいな、俺もそうなるはずだったんだが、一体どこでなにを間違えたのか。
「ドレーク、こいつは元海賊のよしみで忠告しておくが、港で暮らすバアアには気をつけろ」
「お前は何を言ってるんだ……?」
俺もなにを言ってるかはわからない、だが男には言わねばならない言葉のひとつやふたつあるもんだ。

「まあ、なんだ。なんかよくわからんが、お前ほどの男が付いてるなら安心だ、マイラのことよろしく頼んだぞ」
「ふっ、この親馬鹿め。言われるまでもねえよ」

姐さんになにかあったら俺たちは終わりだ、ババアに24時間扱き使われる生活に戻るくらいならサメに食われた方がマシだ。俺はドレークに背中で応えて、颯爽と飯屋を後にして造船所へと向かったのだった。


バーバラ
【年 齢】68歳
【クラス】ファーマー+シノビ
【スキル】首切り、解体マスター、他
【所 属】マッドハニー
【出 身】海都アーモロード
【適 性】なし

コバンザメズ
【年 齢】平均45歳
【クラス】ファーマー+シノビ
【スキル】収穫マスター、他
【所 属】メガロドン海賊団(見習い水夫)
【出 身】海都アーモロード
【適 性】すべて

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