ぷかぷか!メガロドン海賊団航海記(7) ちょっと実家寄ってく?
東には複雑な潮流に囲まれた海上都市が、西には広範囲を藻や船の残骸に侵略された魔の海域とそこに浮かぶ島があり、そのどちらも並大抵の船では到達出来ない難所として知られている。特に東の海上都市シバは並大抵の小舟で漁に出た小娘が、そのまま海流に流されて帰れなくなったという不幸な出来事もあった。その小娘こそ私、マイラ・フーカの若かりし頃なので、いや、まだまだ全然若いけど、とにかくあの海域の難しさは身をもって知っているのだ。
けれど、あの海上都市には実は抜け道があり、都市の築かれた島の西岸に蔓延る大量の藻さえどうにかしてしまえば、正面から入ることも出来る。シバの交易には航海日数を減らすために藻海を突っ切る装備を施した女王の船団と、そんなものは持っていないので船室と積載量を可能な限り増やした民間の商船があって、もし実家が女王の船団に組み込まれるような名家だったら、私の運命もまた違ったのだと思う。いや、実家が細くて小さいことに別に不満はないし、海賊になったことは天運くらいに思ってるけども。
【海上都市シバ】
複雑な渦潮で他国との交流が断たれている、実質鎖国状態にある都市。
都市といいつつ実態は代々女王が統治する独立国家で、女王は絶世の美女であるとの噂が南北の海に届いていたりもする。ちなみに私の出身地で、特産品は乳香とロック銀、あと近海で穫れる白銀サンマ。サンマを綺麗に焼けて一人前の国民とされるけど、まあそれは完全に余談だ。
「お嬢、どうする?」
「もちろん正面突破! 藻を突っ切ってシバの西岸に取りつくよ!」
私たちメガロドン海賊団の旗艦メフカヒレ号には、女王の船団と同じように藻を切って進む鋼刃衝角を備えている。激しい潮の流れを無視して、幼い頃から何度も訪れた港へ向けて船を近づけた。
「そういえばお嬢ってシバの出身だったよな? 女王様とお知り合いだったりしねえの?」
上陸早々、副官のコルセアがまた馬鹿みたいなことを言い始めた。こいつの女好きはもう病気みたいなものだから仕方ないとして、私が女王と知り合いという可能性を考えるとか、病気が脳にまで到達してるのかもしれない。まったく、駄目なのは下半身だけにして欲しい。せめて上半分はまともであれ。
そんなことを考えながら馬鹿な副官をじろりと睨み、アホを諭すように答えてみせる。
「するわけないじゃん。こちとら普通の飯屋の娘だよ、庶民中の庶民の出だぞ。見る? うちの実家、すごいちっちゃいから」
「そうだ、お嬢の実家に挨拶しといた方がいいよな。仮にも副官だし」
「じゃあ、ちょっと実家寄ってく? 飯は奢らないけど」
私の実家は、港のすぐ目の前の通りで猟師飯居酒屋を営んでいる。猟師飯居酒屋【シルバーソード】といえば、シバでもちょっとは名の知れた飯屋で、料金の安さと意味不明なくらい盛りに盛ったボリュームが特徴。貧乏な漁師や若い学生御用達の店として根強い人気を持つ名店だ。
なんだけど、父は私が流された時に船から放り出されて、そのまま行方知れず。なので今どうなってるかは、正直わからない。悪運の強い父のことだから、しれっと帰還していると思うけど、もしかしたら万が一ということもある。考えても仕方ないから頭の隅に押し込んで、上から荷物をいっぱい重ねておいたけど、いざこうやって確認できる状況になると色々不安になってきた。
ちょっと重くなった足取りで港へと降り、白いレンガ造りの建物が並ぶ通りを進んでいくと、そこにあるはずの飯屋は無く、ぽっかりと開けた空き地の真ん中に、随分前に書かれたらしき色褪せた立札がぽつんと佇んでいた。
『マイラへ。お前がいつまでも帰ってこないので、私たちはこっちから探しに行くことにしました。もしこの看板を見たら、なるべく急ぎで交易都市アイエイアまで来なさい。父・母・祖父・祖母・犬』
どうやら私の家族は北の海域の北端、北大陸の玄関口でもある交易都市アイエイアに移り住んだようだ。どうやら幸いにも父は無事、祖父母も健在のようだ。あと犬も元気でいるらしい。それはいいんだけど、こういうのは片方が待つから再会できるのであって、どっちも動いてたらもうぐちゃぐちゃじゃん! うちの家族は馬鹿なのかなあ!?
いや、馬鹿なのは私か……帰ってくるのに5年もかかっちゃったし。
「安心したらおなか空いてきた。実家は無いけど、まあ港の店ならどこも不味くはないから、そこら辺で適当に済ませよっか」
「賛成だな。とりあえず美人のいる店に行きてえ」
あいにく美人がお酌してくれるような店は知らないけど、シバには比較的美人が多い。きっと適当な飯屋でさえ、そこで働いてるお姉さん方は美人だと思う。それになんといっても美しい女王の治める国なのだ、庶民の女でも着飾る衣服や装飾品には困らない。
本当に適当に選んだ飯屋に入ってサンマのなめろうとフライを齧りながら、なんだか騒がしい沖合を眺めていると、私たちの隣のテーブルにやや褐色気味の肌をした長い黒髪をおさげにした女が、具足エビを丸々カラッと揚げた珍妙な料理を食べながら、こっちに視線を向けてきた。ちなみに具足エビの美味しい食べ方は、基本的に生のままかスープにするか、あとは団子状にするか。フライにすると台無しになるので、あまりお勧め出来ない。
「君たち、この辺で見ない顔だけど知ってる? 今、沖合で漣の女王に求婚したいって男とその一行が、海流を操る魔物退治の真っ最中なんだよ」
どうやら黒髪の女は魔物退治を観戦しながら、色々台無しな巨大エビフライの肴にしているらしい。
「お嬢、漣の女王ってのは、もしかして絶世の美女と噂の女王様のことか?」
「そだよ。漣の女王、お名前は私みたいな庶民には関係ないから知らない」
ちなみに年齢は22とか23とか、そのくらいだったと思う。婚姻には早過ぎずも遅過ぎずもなく、それなりの身分の相手だったら求婚されても不思議ではない。
「魔物と戦ってるのはサガリアロウとかいう冒険者一行。漣の女王が魔物の首を取ってきたら考えるって言ったら、速攻で港に走っていったわけ。あそこにいるのが東の小国の王子ミト、それと護衛の女がふたり。求婚しようってのに無粋な奴らだと思わない?」
「護衛とくっついちゃえばいいのにね」
見たところ護衛の見てくれは悪くないし、王子も面は悪くないので言い寄れば断られない。むしろ護衛が女ということは、そういうのもあるのかなーとか素直に考えてしまう。そういうのとはアレだ、夜の海水浴的なアレ。
沖合では海から飛び出したエイのような魔物が王子たちを吹き飛ばし、そこに何処からか駆けつけた漁師らしき二人組と分厚い鎧を着た女騎士が加勢に入り、さらにウミウシやオウムガイのような生き物も加わって、ついでに話を聞いていたコルセアも首を寄越せと叫びながら乗り込み、なんていうかぐっちゃぐちゃの泥試合を繰り広げている。泥試合というか、海の上だから塩試合というか。
それからどのくらいの時間が経ったのか、海面がオレンジ色に染まり始めた頃、魔物はようやく渦潮の中に消えていき、王子たちとなんか途中から加わった連中の勝利に終わった。コルセアは途中で海に投げ出されてたけど、そのうち港に流れ着くと思う。
「おー、勝っちゃったかー。ちっ……断る理由考えるの、めんどくさいな」
この黒髪の女、どうやら女王の関係者、おそらく秘書とか世話係とか護衛とかそういう立場で、王子が女王の眼鏡に適うかどうか見定めていたようだ。口ぶりからすると、そもそも求婚を受けるつもりもなかったみたいだけど。
「お姉さんも大変だね」
「まあねー。でもまあ、みんなそれぞれ大変なんじゃない?」
「確かに、そうとも言えるかも」
黒髪の女はふふっと笑って、機会があったら酒でも飲もうと言い残して、手をひらひらと振りながら立ち去っていった。きっとこの後で、なんかいい塩梅の断る理由とか言い訳を考えたりするのだろう、宮廷勤めも大変そうだ。そう考えたら海賊ほど自由気ままな仕事もないかもしれない、その分、危険で不安定で命がけだけど。
沖合では疲れすぎておかしくなったのか、王子が鎧を脱いで海に飛び込もうとしている。仮に求婚したところで、あんな奇行に走る男は女王に相応しくないと摘まみ出されると思う。
あれ? それ以前に女王って確か噂だと……まあいいや。話は魔物と一緒に流れちゃったようだし。
「さて、そういうわけで我らメガロドン海賊団は、更なる海域調査を進めるために、あと私の家族に会うために交易都市アイエイアを目指すこととする!」
「賛成だぜ、お嬢」
「私も賛成だぜー。とっとと出航しちゃおー」
なんだか聞き覚えのない声がするので、甲板を振り返ると黒髪の女が樽の上に腰かけている。先日は露出の少ない服を着ていたけど、潮風と汗で蒸れるからか、今は丈の短い、胸から下と肩から先が丸出しのシャツ1枚と。まるで喧嘩っ早い傭兵みたいな恰好をしている。
「え? なんでいるの?」
「いやー、求婚が立て続けでさー、いちいち断るのめんどくさいから影武者に任せて、しばらく消えることにした」
そういえば昔、近所の物知りのじーさんから聞いたことがある。当時のシバの女王は長い黒髪と褐色の肌をした美少女で、不思議なことに未だに恋のひとつもしたことがないどころか、婚約者である王族の男をこっぴどく拒絶したとかどうとか。その一件もあって、宮廷に出入りする役人や近衛兵の前に姿を見せるのは影武者たちで、本物の女王は自由気ままに暮らして、噂によっては夜な夜なメイドに手を出したりしているとか。
「そこでだ、マイラ提督。しばらく船に乗せてよ、仕事はするからさー」
「いや、女王様を乗せるのはちょっと……」
「マキアって呼んでね。一応お忍びだから」
と言い放った途端に手際よく碇を上げて、コバンザメズや他の水夫たちに混じって出航準備を始めてしまった。
どうやら私に断る権利はないらしい。なんていうか呪いのアイテムみたいだな、なんて思いながら、仕方なく大海原へと繰り出したのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
シバの女王マキア
私の名前はマキア・ビルキース、こう見えてもシバの女王だ。普段は漣の女王と呼ばれている。
先代女王のお母様はそろそろ結婚しろとやかましいけど、あいにく私はそんなつもりはない。以前も生まれる前から決められていた婚約者の中年男がいたけど、まったく乗り気がしないので、顔に葡萄酒を投げつけて丁重にお断りした。瓶ごと投げたのがよくなかったのか、それ以来、公務からは完全に外されてしまった。今ではすっかり3人の影武者たちが代わりを務め、宮廷内でも「もうこの中から本物の王女を選ぼう」という声もちらほら。ああ、それで結構。私はおそらく生まれてきた場所を間違えてしまった類なので、謀殺とか監禁とかされる前に面倒事から足を洗いたい。
というわけで、私は数日前からまさに美少女と形容できる小柄な船長がおかしらをやってる海賊船に乗り込んでいる。もちろん足を引っ張るつもりはない。これでも女王の船団にお忍びで乗り込み、海賊退治や勇魚狩りも何度も経験している。どうやらそっちの才覚はあったのか、並の海兵よりもずっと海兵らしいとの評価も得ている。どうやら本当に生まれてくる場所を間違えてしまったようだ。
そんなうっかり女王こと私とメガロドン海賊団は、今日も今日とて冒険航海の真っ最中。今もまさに目の前に拡がる藻海の向こう、深い鬱蒼とした森を抱え込んだ島を目指している。
【暗黒の島】
かの著名な博物学者プリニウスが書き記した博物全誌にも記された、原初の混沌いまだ煮え立つ島。
彼の書き記した通りなら森は外界の光が届かないほど暗く、生態系は独自の進化をしていて、毒々しい紫色の果実なんかもあるのだとか。未踏の場所も多く、恐ろしい怪物もいるかもしれない。冒険者であれば見逃すわけにはいかない難所のひとつだ。
そんな場所なので、海都アーモロードから派遣された調査団と彼らを護衛する海兵と船を並べている。護衛の海都警備隊第三分隊とうちの提督は顔見知りなのか、苦々しい顔で睨みつけてきたり、逆に清々しい顔で中指を立て返したりしている。
「おい、ちびっ子パイレーツ。俺たちの足だけは引っ張るんじゃねえぞ」
「お前らも小便ちびって逃げたりすんなよ! 無様な戦いしたら船ごと沈めてやるからな!」
メガロドン海賊団の提督、マイラ・フーカは肝が据わってる。元々有名な海賊団にいたこともあって海の流儀をしっかり理解しているし、ビビらされたら怯んで泣くような真似はしない。狂犬さながらに噛みつくのが正解だと知っている、狂犬というより小さめのサメといったところだけど。
「じゃ、気をつけていってらっしゃーい」
上陸中に船を襲われたら元も子もないので、私はコバンザメズとかいう下っ端連中と留守番することになり、マイラと副官のコルセアは警備隊の連中と憎まれ口を叩きながら、度合いでいうとフルスウィングで殴り合いながら、森の奥へと進んでいった。相変わらず素晴らしい度胸と行動力だ。
そう、相も変わらずだ。
5年? 6年? もう少し前だったか、私が例の婚約者との縁談が進められて、うんざりしていた頃のこと。港のすぐ近くにある猟師飯居酒屋【シルバーソード】の前で、海賊になる前のマイラを見かけたことがあった。その時は店の料理にケチをつけてきた商売敵だか輩だかの股間に、見事な角度で前蹴りを打ち込んで、地面にうずくまって尻を上げている男の股座を容赦なく蹴り上げていた。もちろん小娘ひとりでどうにか出来る状況ではなく、すぐに男の仲間たちに抑えつけられてしまったけど、そいつらは騒ぎを聞きつけた警備兵たちに追い返された。そう、私が喧嘩の最中に呼んでおいたのだ。
「無茶するねえ、君」
「だって、あいつらが悪いんだ! 私は間違ってない、次来たら喉笛噛み千切ってやる!」
シバの住人は閉鎖的な地形とお国柄から穏便で協調を重んじる傾向にあり、子どもとであっても、このような業火のような気象の持ち主は珍しい。私はこの半泣きになりながらも真っ直ぐに吠える少女を、正直ちょっと無鉄砲過ぎるなーと思いながらも、心のどこかで羨ましく思ったりもした。そうだ、私も間違ってない。嫌なものは嫌だし、理不尽には抗う勇気と意思が必要だ。
そして翌日、私は例の男の顔面に酒瓶を投げつけて公務禁止を言い渡され、マイラは父親と一緒に漁に出たまま、海流に持っていかれて行方不明になってしまった。
もし生きていたら、あのまま育って欲しいなーなどと秘かに願っていたら、多少の世渡りは覚えてきたものの概ねそのままに育っていたので、私の心は随分と弾んだものだ。クールに装ってみせたけど、心の中では歓喜のダンスを踊っていたからね。
そんな我らが提督マイラは、数時間後には返り血まみれになって帰ってきた。
「聞いてよ、大変だったんだから! 獅子みたいな化け物がいてさあ!」
「今回ばかりは死ぬかと思った。このちびっ子パイレーツが奴の頭を封じなかったら、全滅してただろうな」
マイラと警備隊のイバードという元王子の男が、同時に語ってみせた。森の奥には樹木に擬態した魔物と、さらにその奥には翼の生えた獅子のような怪物が棲みつき、毒だの目潰しだの眠りを誘う歌だのと、とにかくねちっこくて嫌らしい攻撃を繰り出してきて、どうにかこうにか全滅だけは避けられたらしい。元王子の男が号令を出して敵の技に備え、その間にマイラとコルセアが徹底して怪物の頭を狙い続ける。メガロドン海賊団と海都警備隊第三分隊、仲は悪いけど戦いの相性は噛み合っていたらしい。
「今回ばかりは助かった、礼を言っておく」
「いやいや、いいってことよ。礼金は弾んでよね!」
「礼金は出せねえが、そうだな……暗礁を越えるための装備でも都合してやるよ。感謝するんだな!」
さすがアーモロードの警備隊、船の装備も立派なものを持っているらしい。暗礁だらけの海域も進めるようになったら、航海の範囲もさらに広がることだろう。謝礼としてはまずまずの成果なのか、戻ってきたマイラもニコニコと笑顔を浮かべている。まったくかわいい船長だ、主に顔が。お母様も婚約者にこんな美少女を探してきてくれたらよかったのに。
言い忘れていたけど、私はかわいい女が好きなのだ。宰相であるお父様も、先代女王のお母様も、そこはまったく理解できなかったようだけど。
マキア・ビルキース
【年 齢】23歳
【クラス】プリンセス+ゾディアック
【スキル】エミットウェポン、特異点定理、他
【所 属】メガロドン海賊団(ゲスト)
【出 身】海上都市シバ
【適 性】ゲスト