ぷかぷか!メガロドン海賊団航海記(3) なんでやめちゃったんですか?

灯台を攻略してからというもの、私たちの行動範囲は劇的に拡がった。
新たに取り付けたフォアマストが風を受けて、我らがメガフカヒレ号の進む距離は圧倒的に増し、同じ時間で倍近い距離を移動することが出来るようになったのだ。この勢いでまず私たちはアーモロードの東、交易都市と名高いバタビアを発見した。

【交易都市バタビア】
百年前の大異変までは最も海都との交易が盛んだった都市。
北と西側に激しい海流、南には海賊船と、それぞれが商人たちの訪問を阻むように待ち構え、近い距離にありながらも航路は閉ざされたままの状態にある。

「お嬢、海賊船がいるぜ。どうするよ」
「粉砕しろ! と言いたいところだけど、大砲がないからね……ここはひとつ、足の速さでどうにかしよう!」
海賊船はいわゆるジャンク船と呼ばれる種類のもので、船体は私の船より一回りも二回りも大きいものの、速度はそれほどでもない。大砲を積んでいる可能性は捨てきれないけど、海戦で逃げに徹する相手に大砲を当てるのは中々に至難の業、必要以上に怯えることも無い。
私は巧みに舵を左右に動かし、コルセアが器用に帆を操る。海賊船を避けるように進路を変え、追いかけてくるノロマを翻弄するように船を旋回させ、進行を阻む岩礁に誘いこんで海賊船の足を止めてやった。座礁した海賊船からは悔しそうな罵声が飛んできたけど、こんな稚拙な罠に引っ掛かる奴の方が悪い。その程度の腕でよく海で稼ごうと思ったなあと正直呆れてしまう。
「顔洗って出直して来い、バーカ!」
私は間抜けな海賊船に向かって怒鳴り返し、晴れやかな気持ちでバタビアへの航路を開拓してみせた。

「へー、ここがバタビア! なかなか賑やかなとこじゃん!」
バタビアの町は人でごった返し、海賊船が阻んでいた割には大勢の商人が市場に集まっている。
「どうやらあの海賊船、通行料を取って稼ぐせこい奴らだったようだぜ」
「なんだよ、雑魚の稚魚かよー。だったら乗り込んでぶちのめしても良かったね」
海賊にも種類があって、一番名高いのは大砲をぶっ放し、ラムで敵の横っ腹をぶち抜き、激しい海戦を繰り広げるパイレーツ。そこに並ぶのが、所属する国や都市から私掠免許を貰って敵対勢力の船を退治するプライベーティア。その下に商船などの非武装の船を狙う海賊らしいっちゃらしい連中がいて、一番下にいるのが港の前に陣取って通行料をせしめるカス。奴らは大半が海賊になろうと志したものの、名の通った古株の強い海賊、それこそエル・ドラゴ海賊団みたいな武闘派に蹴散らされて、片田舎でゴロツキまがいの真似事をして暮らしている。
そういう輩を捕まえては金銀財宝根こそぎ奪って、逆さ吊りにして海に沈めたり引き上げたりして遊ぶのが一時流行ったけど、あれはあれで結構愉快な暇潰しになっていた。そして散々酷い目に遭わせて適当な港に捨てておくと、勝手に酒場で喚いてくれて団の名が上がる仕組みなので、私たちもそのうち勇名を轟かせるためにやっておきたいところだけど。

なんてことを考えていると、市場の真ん中で若い冒険者らしき連中が囲まれていた。
「お嬢、面倒事に首突っ込むのは……って、相変わらず早えな!」
トラブルあるところに海賊あり、困っている人がいれば助けて報酬を貰い、悪党がいれば追い打ちをかけて金品を奪う。私たちはいつだってそうやって生きてきたのだ、トラブルは飯の種でもある、逃す手はないのだ。
「どうしたどうした、なにがあったの!?」
人混みを掻き分けて騒動の中に潜り込むと、囲まれていたのは私よりも更に若い3人組。海賊っぽい見た目の少年と真面目そうな占星術師、そのふたりの陰に隠れている射手の少女……泥棒をしそうな風にも見えないので、さては密航でもしたな。交易品に紛れての密航は即、各地の衛兵に引き渡されるところだけど、さあどうしたものか。

「そうだなあ、近海を荒らす怪魚の群れ。あれをどうにかしてくれたら見逃してやってもいいぜ」
「それだ! ねえ、君たち、私と一緒に魚獲りしよっか!」
彼らが密航していた船の主の案を勝手に採用し、半ば強引に3人をメガフカヒレ号に乗せた私とコルセアは、船を取り囲むでっかい海老だのフグだの、一際大きい巨大な怪魚を蹴散らしたのだった。
それにしてもこのトライルーキーズという新米冒険者トリオ、てっきり足手まといになるかと思いきや、予想に反して腕が立つ。特にバリスタと呼ばれる大型弩の射手の少女が放つ雨のような火矢と、ゾディアックという星の力を降ろして魔術とする少年の放つ爆炎の威力は申し分なく、さらに2人と息の合った連携を繰り出す見習いパイレーツの銃の腕も目を見張るものがある。はっきり言って、こんな新米いてたまるかというレベルだと思う。
とはいえ、腕はともかくまだまだ経験浅い新米たち。こちらに素直にかわいらしく頭を下げて、これでもかと礼の言葉を投げかけている。
「ありがとうございました! ありがとうございました!」
「なあに、困った時はお互いさまってね」
なんて大人の余裕というやつを見せながら、晴れて自由の身になった3人をアーモロードまで送り、しっかりと彼らの分の報酬も受け取って、笑顔で見送ってあげたのだった。



なんて出来事があったのが数日前、私たちはバタビアからさらに北上し、商業港アユタヤを目指した。
バタビアの商人たちが言うには、アユタヤは海都を中心とする南海と、エル・ドラゴ海賊団が活動していた北海のちょうど中間に位置する玄関口のような場所らしい。らしいというか、私でもその名を知る誉れ高き港だ。エル・ドラゴ海賊団にいた頃にも何度か立ち寄ったことがある。
当然、この海で名を上げるには避けて通れない場所であり、ついでにアユタヤは商業港としてだけでなく造船ドッグとしても名高い都市。もしかしたら中古でもそれなりに性能のいい船が手に入るかもしれない。
「というわけで、アユタヤを目指すこととする!」
「……異論はねえけど、船を買うような金もねえぜ、お嬢」
そこは成り行きでどうにかなる。とにかく行ってみなければ始まらない。

【商業港アユタヤ】
南海と北海の中間地点に位置する商業都市。
古くからの王が統治する歴史的な国でもあり、造船が盛んなことでも知られている。アユタヤの船大工は腕利きぞろいで、船を手に入れるなら海賊から奪うかアユタヤに行け、という言葉が海の男たちの格言として残されている。

アユタヤ周辺の海流はそれなりに頭に叩き込んである。
港の南北には西向きに流れる急流があり、周辺には藻海と呼ばれる船の動きを妨げるほど藻の繁殖した海域が存在する。アーモロードやバタビアから向かうには、藻海を避けるように東に大きく迂回して進むことになる。
そしてそういう避けて通れない場所こそ、海賊が陣取っていたりもする。
「お嬢、予想通り海賊船のお出ましだ。しかも奴ら、グンデル海賊団だ」
「グンデル~? あいつら、こんなとこにまで出張ってきてるのかよー」
グンデルといえば、それなりに名の知れた海賊だ。銀商船殺しの異名を持ち、以前は北海を中心に活動していたけど、どうやら今はアユタヤ近海を縄張りにしているらしい。白旗を上げた相手にも容赦なく大砲を撃ち込む野郎で、その荒々しさの一方で、銀貨は一枚たりとも逃さないという細かいところもある。
当然、大砲も持たない今は避けて通るべき相手だ。
私たちはバタビアでやってみせたように小回りと機動力で海賊船の魔の手から逃れ、途中立ち寄った島で猿に食糧を奪われるという醜態を晒しつつも、どうにかこうにかアユタヤに至る航路を確立させた。

と思ったその瞬間、アユタヤの港が目と鼻の先にある海域で、巨大な鮫がメガフカヒレ号の前に躍り出てきたのだ。
さらにはその巨大鮫を追いかける一隻のフリュート船。漁師用に改装され大漁旗なんて掲げているものの、小型とはいえしっかりと船首と船尾に大砲を供え、側面にも数門のカノン砲を搭載した武装船だ。
「おおー、なんて勇敢な漁師……って、あれドレーク船長じゃない!?」
「いやいや、お嬢。ドレーク船長がこんな場所にいるわけ……ドレーク船長だな、あれ!」
覗き込んだ望遠鏡の先に見えたひとりの海の男。古びたレイピアを携えて勇猛果敢に巨大鮫に挑むその男こそ、エル・ドラゴ海賊団の提督、ドレーク船長その人だ。
「コルセア、全速前進! ドレーク船長の援護に向かうよ!」
「もうやってる!」
風を受けたメガフカヒレ号を巨大鮫の横っ腹に叩きつけて、私とコルセアは武器を手にドレーク船長に続いた。

巨大鮫ハンマーヘッドは圧倒的に強く硬く獰猛で、私とコルセアは何度か意識を飛ばされそうになりながらも必死に武器を振り回した。さすがにドレーク船長は鮫も怯まない勇敢さと剣技を振るっているけど、腕は落ちていないものの一線を離れているからか鈍り気味といえなくもない。
「あんな小魚、昔の船長なら楽勝なのに!」
「そいつは大した買い被りだな! だが、元部下の前で醜態は晒せねえ!」
粉々に粉砕されたフリュート船から跳び上がり、ハンマーヘッドの頭蓋に打ち込まれたドレーク船長の一撃は、敵の脳幹を寸断し化け物の動きを止めてみせた。
返り血と波飛沫を受けるドレーク船長は、昔より少しばかりは老けたものの相変わらず勇敢な海の男そのもの。
もしこの胸元をチクリと刺すような痛みを恋心とするならば……いや、違った。これ単に胸骨と肋骨が折れてるからだ。

「いたたたたっ! コルセア、回復薬! 回復薬急いで!」
「よーし、しっかりしろよ、お嬢。死んだら骨は拾ってやるからな」
「……お前らも相変わらずだな。まあ、積もる話もある、治療がてらアユタヤの俺の家に運べ」
ドレーク船長は呆れたように溜息を吐き、舵を握って数秒でメガフカヒレ号の癖を見抜き、職人芸のような腕前でアユタヤの港に駐留させたのだった。


ドレーク船長の家は質素そのものだった。
そこまで広くない平屋建てに最低限の家具、かつて船長室に飾ってあった調度品の類は見当たらず、それでも写真立てにエル・ドラゴ海賊団の面々で写した写真が飾ってあるのは嬉しいものの、かつてその名を轟かせた海賊にしては少々どころか結構なレベルでみすぼらしさが漂っている。
「船長、昔はダイヤとか置いてあったじゃないですか」
「くすねてやろうとでも企んでたのか? お前は昔から、そういうところが抜け目がないからな」
かつての大海賊は、今は鍋を火にかけて海鮮スープなんて拵えている。この姿、過去の栄光と尊敬がなかったら、さしもの私も落胆してしまったかもしれない。
「船長、なんで海賊やめちゃったんですか。また一緒に海賊やりましょうよ、楽しかったじゃないですか」
「なんだ、まだ親離れできないのか? 確かに海賊暮らしも楽しかったが、今はこっちに夢中なんでな。ま、お前もそのうちわかる日が来るさ」
そういってドレーク船長は部屋の隅に整頓された投網や漁具に視線を向ける。船長がなんで海賊をやめたのか私には知る由もないけど、船長はまだ40歳、現役を終えるにはまだまだ早い。大きな怪我をしたわけでもないし、大きな壁にぶち当たったわけでもない。順風満帆、とはいえなくてもそれなりに上手くやっていたし、部下だって百人を超える大所帯だったのだ。
それに昔から私には甘いものの、それでも口答えしたら容赦なく尻を蹴り上げるような規律に厳しい人だったのに、今は里帰りした娘に料理を振る舞うような父親のような振る舞いをしているのだ。

「船長、ほんとに海賊やめちゃったんですね」
「お前もしつこいな。ほら、スープだ、上手いぞ」

ドレーク船長の作ったスープは涙が出そうなくらい上手く、回復薬のおかげでくっつきかけた胸骨に響くような、ちょうどいい具合の塩加減だった。
あと餞別と加勢の礼も兼ねて、お古のレイピアを貰ったので、これは一生大事にしようと思う。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


名人ネッド


わしの名前はネッド、60歳。勇魚獲り名人のネッドといえばこの辺で知らない者はいない、そういった者だ。
ある日のこと、わしがいつものように勇魚を獲ろうと物置へと向かうと、何者かに愛用の銛を盗まれてしまった。銛はわしら勇魚獲りにとっては命も同然、海賊が船がなければ陸に上がったカッパも同然のように、勇魚獲りは銛がなければ牙の抜けた犬っころと同じ。もう年も年だし、ぼちぼち潮時なのかと肩を落とし、しばらく日がな一日海を眺めるだけの暮らしをしていると、なにやらわしの銛が見つかったというではないか。
わしは慌てて港へと向かった。ああ、もう二度と離すものか、アイリーン。ちなみにアイリーンというのはわしの銛の名前だ。海の男は自らの道具に名前をつけ、恋人のように大事に扱うものだ。そんなことはどうでもいい、わしはアイリーンを取り戻すために走った。それはもう必死に走った。
なのにだ、港の連中はそんなわしに向かって石を投げてきたのだ。
「見損なったぞ、クソジジイ!」
「どの面下げてんだ、クソジジイ!」
「冗談はそのずる剥けの頭だけにしとけ、クソジジイ!」
右を見ても左を見てもこんな調子、誰もが道端に落ちた犬の糞を見るような目を向けてくるのだ。

「なんで勇魚の子供を狩ったんだ、クソジジイ!

漁師の間では、勇魚の子供は獲ってはならないという暗黙の了解が存在している。それを破った者は海の男として認められず、むしろ海を汚すゴミのような扱いを受けるのだ。なぜかって? それはわしがそんな風に振る舞い、数々の掟破り共を罵り、シバき倒し、唾を吐きかけて過ごしてきたからなのだが。
だが、わしはそんなことはしていない。母なる海に誓ってもいい。ちなみに海の名前はジョセフィーヌだ、それは今はどうでもいい。
聞けばわしの銛は発見された時、勇魚の子供に突き立てられていて、勇魚の子供は通りがかったメガロドン海賊団とかいう連中手当てしてもらい、無事に親のところへ帰れたという。涙なしではいられない話だ、もちろんわしの銛がそんな残酷なことに使われたことがだ。狙うなら親勇魚だろうが、どこの誰だか知らんが、盗んだなら盗んだなりの責任を果たせ。せめて二代目ネッドを名乗る程の勇魚獲りであれ。
あまりの悔しさと情けなさに人目も憚らずおいおいと泣いていると、通りがかったパイレーツの小娘と副官らしき軽薄そうな男が、
「見て見て、コルセア! ジジイが泣いてる!」
「笑っちゃ駄目だぜ、お嬢。あのじいさんはきっと港の女に振られちまったんだ。わかるぜ、じいさん、女に袖にされるのは幾つになってもつらいよな?」
などと言いながら、同情なんだか嘲笑なんだかわからない眼差しを向けてきたのだ。
おまけに奴らは船から上がったばかりなのか、大量の勇魚の肉を抱え、その背中には見覚えのある銛が背負われているではないか。
「貴様っ! 貴様らっ!」
わしは銛を取り返そうと小娘に掴みかかり、絵に描いたような見事な一本背負いで海へと投げ落とされたのだ。


「そんなこともあったのう……」
「いや、数日前の話を昔話みたいに語ってないで、出航準備手伝ってよ」

わしの名前はネッド、勇魚獲り名人のネッドといえばこの辺りで知らない者はいない。
今はメガロドン海賊団に猟師として身を寄せている。もちろん愛用の大銛、アイリーンも一緒だ。


ネッド
【年 齢】60歳
【クラス】ファランクス+ファーマー
【所 属】メガロドン海賊団(猟師)
【出 身】海都アーモロード
【装 備】名人ネッドの大銛
【適 性】勇魚猟師

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