―7―【ピカレスクモールを照らす太陽】
卑下しているわけではないけど、私は暗がりの薄い影のような人間だと思う。
究極的に影が薄いとか異常に目立たないとか目の前にいても気づかれないとか、そういう体質的な話ではなく、例えば周りに希望を与えられるとか元気を分けてあげれるとか、そういった意味合いでの陰の側なのは間違いない。仮に正体不明の伝染病が無かったとしても、私は明るく楽しく毎日が幸せ、なんて生活は送れないし、どんな暮らしをしても他人を眺めては馬鹿じゃないのって冷笑するような生活を送るに違いない。
そんな私とは対照的に、世の中には太陽のような眩しい存在もいるのだろうけど、そういうものになりたいかと問われれば、その時は静かに首を左右に振ってみせると思う。
太陽は空に浮かんでいるものであって、あくまでも照らしてくる光源でしかない。
だけど世の中には私みたいなのが秘かに暮らしてるように、逆に太陽のような存在だって暮らしてるのだ。
いつも誰かに囲まれていて、いつも誰かと笑い、いつも楽しそうにしている。
私みたいな陰日向の片側から出られない人間だからこそ、そういう照りつけるような光に目を奪われてしまうのだ。
「いつも他人と一緒だなんて、しんどそうだな……」
私の日課のひとつに散歩がある。
本来、義務教育をまだ終えてない年齢であるものの、私は自分を中心に半径30メートル以内で24時間離れず過ごしたものを自然死させる正体不明の伝染病を持っていることもあり、学校にもフリースクール的な場所にも通っていない。実際のところ、24時間一緒に行動するなんてことは、修学旅行とか林間学校とか合宿とか、そういう時くらいしかないのだけど、私を引き取った叔父は万が一に配慮して私を学校に通わせなかったし、私は私で誰かと仲良くなんて考えもしなかったので、叔父の死後も通うことはしていない。
もしかしたらどこかの公立中学校には籍があるのかもしれないけど、今住んでいる場所は父の死後に登録された戸籍上の本籍とは遠く離れているし、住民票もまだ使う必要性がないから叔父と暮らしていた町から移していない。
要するにどこかの町から迷い込んできた野良猫が、勝手に住み着いているようなものだ。実際、空き地に囲まれた辺鄙な場所に佇む、この少し古めの単身世帯向きの小さな家の持ち主とは、1度として会ったことがない。叔父の知り合いなのか、殺し屋稼業なんて営んでいた叔父が本来殺すはずだった相手なのか、それともすでに死んでいるけど死亡届が出されていないだけなのか、考えても仕方ないので考えないようにしている。少々ボロでも住めるなら十分に都、少なくともあと1年と半年以上、私の16の誕生日までは住んでもいいって言われてる。叔父からの遺言で。
そんなわけでひとり暮らしなんてしていると、時間だけは有り余るものだから、朝から散歩することにしている。朝日を浴びるとセロトニンが分泌されるというし、食べ物の買い出しも兼ねて朝から歩いている。日によっては1時間くらいで辞めることもあるし、気分が乗ったら4時間くらい歩く時もある。
そして散歩コースによっては、否でも応でも自分と同世代の学生の列に遭遇してしまう。
その光景を羨ましいとも妬ましいとも思わないし、自分があの中に放り込まれると考えたら薄ら寒いものが背筋を走る。
「いつも他人と一緒だなんて、しんどそうだな……」
でも、普通はああいう生活を経て、多くの煩わしさや少しの喜びから色んなことを学んで、そうやって大人になっていくのだ。
少なくとも家でひとりで勉強して、映画見て、本を読んで、誰とも話さずに暮らす。そういうのが正しくないことは私にだってわかる。
だけど、ヘイ、君たち、仲間に入れろよー、なんてことは口が裂けても言わない。不審者じゃないんだから。そこの距離感間違うくらいなら、一生ひとりでいいし、むしろ不審者よりは知られざる者でありたい。
それが自分から見て眩しい存在感を放っていれば尚更、薄い影のようなものに気づかないで欲しい。海岸の岩を裏返して、こびりついたちっちゃい巻貝を探すような真似をしないで欲しい。そう思うのだ。
そんなことを考えながら時々眺めていたら、いつの間にか挨拶をされるようになって、やがて話しかけられるようになった。切っ掛けは覚えてない、たぶん目が合ったとかそんなところ。
私は影が薄くて相当気づかれにくい体質だけど、対極にあると反対に目立ってしまうのだろうか。よくわからないけど、不思議と私に気づく太陽のような眩しさを持った同年代の女子と、10回に1回くらい出くわしては話をするようになった。
ちなみに残りの9回は単純に気づかれないだけだったりする。私の影の薄さも中々どうしてしぶとくてしつこい。
「え? いおちゃんってひとり暮らしなの?」
「そうだよー」
「いいなー。今度遊びに行ってもいい?」
「いいよ。別に楽しい場所でもないと思うけど」
実の親たちは既に死んでて、親戚もひとりもいなくて、育ての親の叔父も何年も前に死んでることは秘密だ。言えば相手に余計な気を遣わせそうだし、説明するには正体不明の伝染病のことを避けて通れないので、嘘設定として仕事で忙しくて滅多に帰ってこない、ということにしている。ついでに私はどこか私立の学校に通ってたけど、色々あって不登校という設定にしている。どちらも咄嗟についた嘘だけど、普段映画と本に囲まれてる生活をしてるからか、そういう設定を考えるのは少し得意なのかもしれない。
それにしても子どもの距離の詰め方ってすごいな。少し喋ったくらいで仲良し認定されるし、何度か遊んだだけで友達に格上げされるシステムは、思春期特有の現象かもしれない。私があまり害の無さそうな見た目をしているのを差し引いても、怒涛の速さに頭の方がついていかない。その速さを学ぶのが学校なのだ、といわれれば、遅れを取ってしまうのも納得だけど。
「じゃあ、明日、この場所で」
私たちは別れ際に必ずメモを渡すようにした。私の影の薄さは記憶にまで影響を及ぼすことはわかっているし、その時に次の予定のメモがあれば、中身を忘れていてもその日その場所に行ってみようという気になれるからだ。警戒心を抱かないようにメモの隅には必ず、雑でゆるめのイラストを添えて。
ひとりで過ごすことに慣れ切った私でも、その手間暇や習慣を疎ましいとは欠片も思わなかった。
雨が降って憂鬱になる時はあっても、太陽を見上げて心の陰る者はいない。当たり前にそこにあったかのように、私の退屈で変わらない日々に時々光が射すようになった。
「……来ないな」
玄関の前でしばらく待ってみたものの、その日、約束の相手が来ることはなかった。
すでに家には何度も遊びに来ていたし、自慢じゃないけど部屋はいつも綺麗にしている。もしかしたら一緒に見た映画の趣味が合わなかった、というのは可能性として消しきれないけど、前回流した名作は紛れもない名作だったので、そっちの線は薄そうだ。
なんてことを考える辺り、私も人間だったみたいだ。人間であることは疑ってなかったけど、これまで生きてて人間らしい感情を自覚してなかったというか、あまり人間らしい反応をしてこなかったから。寂しいとか落ち込むとか、心配になるとか。
ニンゲンがなんで人間って書くか、ようやく理解した感がある。人と人の間に感情が存在するから、ニンゲンは人間なのだ。
「そんな発見は求めてないんだけど……」
映画を見ながら食べようと思って買っておいたポテチを齧る。こういう時にいつもより味気ないって思う程度には、私にも人間味があったんだなって自覚する。
「なるほどねー」
空が時には曇るように、太陽だって陰ることはある。
特に人間というのはなにもかも当たり前にあると思い込んで、その価値を忘れてしまうから、太陽を陰らせることをしてしまう馬鹿な生き物なのだ。
学生の列の中にあの女子の姿はなく、100メートルくらい離れたところをトボトボと歩いている。この様子を初めに見たらなんとも思わないだろうけど、これまでの和気藹々とした様子を知っていると、自然と違和感を覚えてしまう。
私は人見知り気味に生まれたコミュ障育ちなので、こういう違和感を打破する手段は知らないけど、それでも声を掛けようと思ったのは、偏に太陽はそれでも眩しいからだ。
「どしたん? 話聞こうか?」
前にコメディ映画で見たお調子者の口調と仕草で話しかけてみる。
これが正解だったかどうか以前に、そもそも忘れられてて一瞬、誰って顔をされたのだけど、すぐに思い出してもらって積もるほどでもないけど話をしながら歩き、コンビニでチョコレートだのプリンだの買い込み、家で馬鹿馬鹿しい映画を見ながら過ごした。
私は鮫映画が好きだ。ゾンビも好きだけど、滑稽さでいえば鮫に勝るものはない。ワニや熊もなかなかに侮れないけど、鮫映画は鮫を出すために地上でも家の中でも登場させるための無理矢理感がまず面白い。水道とかトイレとか砂漠とか雪原とか竜巻とか、いちいちバリエーションに富んでるし、鮫の種類も頭が幾つも生えたものから幽霊まで様々だ。
鮫映画を3連発の怒涛の勢いで観賞して、冷蔵庫の余りもので適当に料理を作る。これでも時間を持て余してる暇人なので、オムライスくらいなら余裕なのだ。
ケチャップで『どした?』と書いて差し出すと、なにかしらのツボを突いたのか、背中を丸めて笑い始めた。作戦は成功だ、単にオムライス食べたかっただけなのだけど。
「よくある話なんだけどね……」
「……確かによくある話だね」
聞かされた話は珍しくもない、何処にでもありふれたようなくだらない話だ。
要するにいじめだ。この女子の学校では常に誰かが苛められていて、周期的にターゲットが代わっていく仕組みになっていた。人間の本能は弱肉強食という面は否定できないし、村から国まで大きな集合体というのは誰かを苛めていることで成り立つし、間違いなく誰かの平和は、どこかの犠牲の上に成り立っている。学校は社会の縮図なので、子どもは親の真似をするに決まってるし、社会で起きている現象を真似ることでどうにか成立させているのも否定できない。
彼女はそんなくだらないことには参加していなかったけど、不運にもそれが悪趣味な奴らの癇に障ったのか、無視をされるようになったそうだ。
そんなことをして何が楽しいのかも、他人から無視されることも日常茶飯事過ぎて、私にはさっぱりわからないけど、普通はそれなりに傷つくし、それなりに落ち込むし、それなりに人間不信になるらしい。そうして中学校を卒業する頃には、みんなそれなりに人間への不信感とか他人への警戒心を身に着けて、また少し大人になるのだろう。馬鹿馬鹿し過ぎて、学校に行く必要がないなって改めて思う。
「これは死んだ親が教えてくれたけど、学校なんて行かなくてもどうにかなるよ。私なんて小学校すら通ってないもん」
「……そう言われても。あれ? 不登校って言ってなかった?」
「あれは心配されないように吐いた嘘。本当は両親はとっくに死んでるし、育ての親も死んでる。学校にはそもそも行ってない。映画を見るのが趣味なのは本当だよ」
慰めるつもりが、うっかり嘘設定を白状してしまったので、真実を告げてみせる。私の環境を知って、それでも変わらず接してくれるならいつまでも仲良くなれそうだし、距離を置かれたらそれはそれで仕方ない。生きる世界が違うと割り切ろう。
「大変なんだねー、大丈夫?」
その無垢な優しさを一生持ち続けて欲しい。少なくとも周りのクラスメイトは、そういう人として大事なものをすでに失くしてそうだから。
「しばらく居心地悪い学校なんて休んで、ここで時間潰してったらいいよ。映画見てもいいし、勉強してもいいし、本読んでてもいいし」
人間を救うのは、いつだってひと匙のスプーン程度の優しさだ。
私はにっこり笑って話しかけて、ろくでもない世界のひとかけらの優しさみたいなものであってあげよう、この時は本気でそう思ったのだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「で、それでどうなったの?」
昔話をするのは好きじゃないけど、たまにはそういうことを語りたくなる。
そんな時は小洒落たバーでウィスキーでも1杯傾けながら、薄暗い店内でしっとりと語ればいい。お酒はそういう気分にさせるし、そういう時の気恥ずかしさを助けてくれる。
繁華街のバー【聖書・仏陀・義理】は、神様を愛してるんだか中指立ててるんだかわからない名前の店で、優に70回以上は飲みに来てる馴染みのお店だ。マスターのカオルちゃんは性別不明の殺し屋で、【死神ヨハネ】の話も当然知っている。私がその死神ということも最近知ったし、その時はアルバムのジャケ写真の頃のチャールズ・マンソンみたいな奴だと思ってたのに、ってすごく動揺して嘆きを繰り出していた。期待を裏切って申し訳ない、こんな小柄地味小娘だとは予想だにしなかっただろう。
私は氷の浮かぶウィスキーを一口、そっと口に含んで転がしながら、喉の奥へと飲み込み、喉が焼けるような強いアルコールを楽しみながら呟いた。
「その頃の私は本気でこれがいいって信じてたんだよ」
「これ?」
「嫌な奴がいなくなったら世界は平和になる」
カオルちゃんが呆れた顔をする。
知ってる、あの子にもそんな顔されたから。
人は悟ったように言う、嫌な奴を消していったら人類は最後はふたりだけになって、相手のことを嫌ってしまう、と。
それはある意味で真実だし、おそらく揺るがない真理だし、もしもそういう状況になったら本当にそうなるんだろうけど、それでも嫌な奴がいなくなれば一時的にでも平和が訪れる。止まない雨はないし、晴れ続ける場所はない。それと同じで永遠に続く平和なんてものはないけど、それでも1日なのか1週間なのか1ヶ月なのか1年なのか、それとも10年くらいは続いたりするものなのか、人を傷つけるような嫌な相手がこの世界から居なくなれば、期限付きでも平和は必ず訪れてくれる。ただ、それがいずれ去ってしまうだけで。
「だから消したんだよね」
最初に消したのは苛めの主犯格とされた女で、それから2週間の間にあの子に明確に危害を加えた5人、一緒に遊んでたくせに見捨てた6人を消した。
叔父からもしも将来的に伝染病を金稼ぎに活かしたいなら、尾行と隠密の訓練は欠かすなと言われていたので、見つからずに人を尾ける練習はそれなりに積んでいた。私の究極的な影の薄さは、私がより深く暗く隠れようとすると、まるで世界の解像度が違うかのように誰にも見つからなくなったし、30メートル以内で尾行し続ける点において十分に役立った。
そうしてあの子が学校を休んでいる間に、モンスタークレーマーになりそうな親も含めて30人ほど消して、おそらくもう心配いらないことを告げた時に、ひどく悲しまれて、その後でしっかりと怒られて、それから二度と会うことはなかった。
「あの時は悲しかったなあ……その時に思ったよ、私怨で人を殺すのは良くないって。でも、それはそれとして悪い奴は頼まれたら殺していこうって」
「あんたねえ、なんにも反省してないじゃない」
「してるよ。でも、嫌な奴がいなくなって平和になったのも事実なの」
そう、平和は訪れたのだ、少なくともあの子が卒業するまでの一時的な時間。
あの子は私から離れた後で、すぐに私のことなんて忘れてしまったけど、私が消した嫌な奴らは当たり前だけど元に戻らない。苛めをしてた連中が何人も謎の死を遂げて、ついでに他にも何人も同時期に死んで、残された嫌な連中がお互いがお互いに疑心暗鬼に陥った結果、なんか怖いからもう何もしないでおこうという空気になったのだ。
何も起こらなければ、あとは自然と平穏が戻ってくるのは当然の流れで、しばらくして何度か笑顔で過ごしている旧友の姿を見た私は、やはり自分のやったことは大間違いでは無かったんだなと確信したのだ。決して正解ではなかったけど、大きな間違いでもなかったのだ。だって実際に平和になったのだから。
「駄目な成功体験積んじゃったのね」
「いぇーい」
「いぇーい、じゃないの。まったく、これだから殺し屋はどいつもこいつも社会不適合者なのよ」
私はカオルちゃんに向けて立てた人差し指と中指を折り曲げて、残ったウィスキーを再び喉の奥へと流し込んだのだった。