山田とクロガネさん(第1迷宮2F~3F)

皇帝ノ月15日。
迷宮に挑む冒険者はおおむね2種類に分かれるのという。
ひとつは知恵と経験と準備、それらすべてを最大限に活用して危険をやり過ごす者と、自らの力量不足を見つめて鍛え直して力ずくで突破する者。私がどちらかと問われれば、それは愚問だとだけ答えておこう。
私の家系は武士だ。それも罪人の首を刎ねて飯を食べてきた武士だ。
養父上はよく私にこう語ってた、「沢山の命を奪ってきたのだから自らの命を粗末にすることは許さぬ、決して生きることを諦めるな。されど、武士として不覚を取ることは絶対に許さぬ、逃げ傷を負うくらいなら四肢を奪われてでも勝て」と。実際は腕にしろ足にしろ、どれかひとつ奪われた時点で致命傷。結果敗けに繋がるのだけど、そのくらい覚悟を以って生きろという。

言うだけなら簡単だが、実際に命の懸かる場で腕一本捨てるような覚悟を持てる者は少ない。大抵は怯えて竦んでしまうものだ。
目の前で繰り出される巨大な蟷螂の鎌は、一撃で腕を根こそぎ持っていくような恐るべき威力を誇り、幾人もの冒険者を葬ってきた必殺の武器であり、恐怖そのものを形にしたものだ。蟷螂の鎌というよりは、まるで騎馬武者の大太刀。巨大な刃で相手の馬ごと斬り倒すような代物で、受け流そうと構えた鉄拵えの鞘も盾代わりにした石の柱も、そこらの雑草でも狩るように簡単に寸断した。こんなものを真正面から馬鹿正直に受けては、命が幾つあっても足りない。
続けて繰り出される大振りの横薙ぎを身を屈めて避けながら突き進み、目の前の蟷螂のガラ空きの腕に脇差を突き立てる。その点穴を穿つような一撃が奴の致命点となったのか、先程まで猛威を振るっていた腕をだらりと垂らし、怒りに打ち震える眼とそれを支える首が剥き出しとなる。
絶好の機会だ。私は突き立てた脇差を抜く勢いを乗せて全身を回転させ、大きく上円の弧を描いた渾身の一撃を蟷螂の首へと叩き込んだ。

「一刀流奥義、一閃。斬首の型『御神火』」

蟷螂の頭が宙を舞い、眼から光を失いながら静かに地面に転がる。首を落としても数秒は動くかもしれないと残心を取りながら正面に刃を構え、吐き出したくなる息を堪えながら、じりじりと足を後ろへと運んで即座に逃れられる距離を測る。額から顎にかけて冷たい汗が流れ落ちて、足下の石畳の上で静かに弾ける。敵の命を完全に奪ったと悟ったのは、汗の落下と示し合わせたかのように、崩れ伏す蟷螂の巨体を見届けたからだ。
手強い相手だった。策が上手く嵌らなければ勝負の結果はまた違った形になっていただろうけれど、こうして生き延びた戦いの結果は日々の鍛錬の賜物といえる。
迷宮の3階で初めてあの巨大な蟷螂【刈り尽くす者】を見た時、まずはどう避けて通るかを考えた。それほどまでに、これまで斬り伏せてきた蠢く植物や大型の虫、ネズミだのモグラだのの類とは一線を画す、それこそ全く別の生物といっても過言ではない威圧感を放っていた。そんな相手に一か八かの、机上の策を試すのは危険だと判断した私は、この2週間ほどの間、ひたすら迷宮を走り回って目に映る魔物を片っ端から斬り伏せた。斬って斬って斬りながら、養父上や義姉から教わった技の中で通用しそうな技を磨き上げ、今こうして五体満足で地面を踏みしめている。
要するに私の答えはこれだ、知恵も経験も準備もすべて投入した上で鍛え直して斬り伏せる。他の冒険者たちは、尊い犠牲を出したりしながら先に進んだりするのだろうけど、私は私の歩幅で歩むと決めたのだ。そもそもが前人未到の大迷宮だ、少しくらい遅れを取ったところで焦ることではない。私の故郷には急がば回れ、という諺もある。正確には急がば回れ、ただし回った分だけ得るものは増やせ、だ。

                    

「というわけで、素材を売りに来たんだけど」
「……す、すごい量ですね」

修業中に蓄えた山のような素材を売り払うと結構な金になった。冒険者が危険と隣り合わせでありながらも夢のある仕事なのは、腕っ節ひとつで稼げる、というところが大きい。貴重な植物や鉱物を見極めて効率よく稼ぐ採集部隊を、わざわざ本隊とは別に構えるギルドもあるくらいだ。もしかしたら命を落とした冒険者の装備や金を拾い集める亡骸漁りもいるのかもしれないけど、幸いにもまだそういった輩とは出会っていない。魔物の獲物を横取りするような真似、冷静に考えたら命知らずな行為だし。
「はい、今回の代金です。装備も新調していきますか?」
素材の買取から武具の販売までこなすシトト交易所の看板娘が、私が好みそうな一振りを掲げて笑顔を見せる。先の死闘で愛用の脇差は致命傷とまではいかないけど、今後に支障をきたす程度には傷んでしまった。刀身は僅かに、しかし確実に歪み、刃には修復しきれない大きさの刃毀れが残る。確かに新調する時期が来たのかもしれない。
おまけに看板娘の掲げている一振りは、脇差より長く刀より短く、取り回しに長けて隙が生じにくい小太刀だ。試しに掴んで振るってみると、軽くて扱いやすく、腕の延長線のような感覚で振り回せる。業物とまではいかずとも、中々に悪くない代物だ。
「ねえ、この蟷螂の大鎌なんか刀に加工できない?」
「今度お父さんに聞いてみますね」
交易所の奥には工房もあり、こうやって持ち込んだ素材を新しい武具に加工してくれることもある。とはいえ魔物の素材をそのまま人間の武具とするのは結構難しいようで、複数の素材を組み合わせることも多い。要するに作って欲しけりゃ、色んな素材を集めて来い、ということだ。
「期待してるね」
カウンターの上に代金を置いて、もう一集めしてくるかと再び迷宮へと足を延ばすことにした。

                    

迷宮を歩くのは冒険者と魔物だけではない。
修業に没頭する余り書き忘れていたけど、先日は狼のような黒い獣と遭遇した。野生の獣かと思いきや案外行儀がよく、喉元には立派な首輪を結んでいたので、誰かの飼い犬、もとい飼い狼だとすぐに解った。私も年頃の女子、犬や猫は嫌いではない。実家では茶栗色の犬を飼っていたし、実家の庭には白い猫の一族が棲みついていた。裏山で狸と走り回ったりした思い出も懐かしい。
「お前も冒険者だな。あっちに便利なものがあるから、まずそっちへ行くのだ」
狼は低い唸り声と共にそう告げてきた。そう言ってるのだろうなという予測ではなく、実際に私は動物語が判るのだ。幼い頃から狸と遊ぶことで得た能力で、おかげで犬、猫、猪、鹿、猿、たいていの動物と会話が出来る。
「ありがとう、狼くん」
「狼くんではない、クロガネさんだ」
「おっと、そいつは失敬したね。ありがとう、クロガネさん」
クロガネさんは雌の狼で、おまけに故郷には幼な子もいるのだという。なるほど出稼ぎ中なわけだなと、感心して頭を撫でながら歩いていると、白と金色の目立ちそうな甲冑を纏った青年が話しかけてきた。青年の名前はフロなんとかさんといい、クロガネとひとりと1匹で、ベオウルフというギルドを組んでいるそうだ。
「あの光の柱は磁軸の柱といってね、冒険者をその場まで飛ばす力がある。一度でも触れておけば、街に戻った後も一瞬でこの場まで来れる。便利だから使うといい」
「へー、誰がそんなもの作ったの?」
「さあね。この樹海はわからないことばかりだ。さらに奥には樹海磁軸という、街と樹海を自由に行き来できるものもある。損はないから覚えておきたまえ」
フロなんとかさんは肩をすくめながら助言し、クロガネを呼んで迷宮の奥へと立ち去っていった。
この時、私は見逃さなかった。威風堂々としていたクロガネさんの尻尾が、ぶるんぶるんと左右に触れていたのを。どうやらフロなんとかという男、悪人ではないようだ。いや、動物に好かれる悪人もいないわけではないけども。

狭いようで広い迷宮、クロガネさんと遭遇する日は遠いだろうと高を括っていたら、あっさりと再会した。
先の蟷螂の化け物を斬り伏せて、驚異の減った道を改めて進んでいくとクロガネさんとフロなんとかさんが扉の前で待ち構えていたのだ。聞けばこの扉の先は、今かなり危険な状況にあるらしく、公宮の許可なしでは冒険者であっても通してはならないのだという。フロなんとかさんは未熟で無鉄砲な冒険者が無駄死にしないように、門番を買って出ているのだとクロガネさんが教えてくれた。
「この先では多くの鹿が狂ったように暴れている。お前も腕は立ちそうだが、進むかどうかはよくよく考えた方がいい。他のギルドが鹿退治を終えるのを待つ、それもまた迷宮を抜ける知恵のひとつだ」
どうやらクロガネさん、私が単身迷宮に挑んでいるのを心配してくれている模様。しかし私も一角の武士、さらには我が山田家の家名を世界に轟かせたい野望もある。ここで退いては武士の恥、据え膳食わぬはなんとやらだ。

「ありがとうね、クロガネさん。だけど私は首切りの名人であると同時に、鹿狩りの達人でもあるのだよ」
「自信はさておき、まずは公宮の許可を得てきてくれ。人間、規則は重んじるべきだぞ」
「たしかに……!」

私はクロガネさんとフロなんとかさんに一礼して、回れ右して町へと引き返すことにした。


浅(山田浅右衛門藻汐)
ブシドー レベル22
<装備>
小太刀、ハードレザーベスト、スタデッドグローブ、グリーンブーツ
<スキル>
首討ち、小手討ち、鞘撃、他

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