ぷかぷか!メガロドン海賊団航海記(8) ドラゴン玉砕を見せてくれ
シバの北、暗礁海域を越えた先に位置する小島を経由して、南北を遮る大海流を迂回しながら東に進んだ先、ちょうど北海の真ん中あたりに巨大な都市が佇でんいる。その都市は大異変の前までは北と南の海をつなぐ中継点だったそうで、遥か昔に封印された竜の力で栄えてきたのだという。竜の力が本当かどうかは私たちに知る由もないけど、旧エル・ドラゴ海賊団もグンデルたちも他の名立たる海賊たちも竜の力を警戒してか、あの場所には決して近づこうとしなかった。海賊にとっては渦潮や巨大勇魚、古強者の海賊とはまた違った意味での難所だ。
【交易都市ダマバンド】
英雄スラエータオナが封じた三つ首の竜の力で繁栄する都市で、以来1度として侵略を受けたことのない難攻不落の地。
と聞くとおぞましい場所を想像してしまうけど、外から見る限りは風車が立ち並ぶ牧歌的な雰囲気で、耳を澄ませば海岸でバグパイプを奏でる漁民たちの暮らしの音が聞こえてきたりもする。でも、街の中に竜がいるかもしれないから、気を引き締めるに越したことはない。もちろん私たちが冒険者の雰囲気を醸してるとはいえ、れっきとした海賊だという意味でも。
「いいか、お嬢、マキアさん。私たちは善良な冒険者ですよーって顔しながらダマバンドに乗り込むんだ。海賊? なにそれ、食べれるの? おいしいの? そのくらい海賊感を消すんだ。マキアさんは着飾れば貴族の令嬢にしか見えないし、俺もそれなりの若商人に見えるからいいとして、問題はお嬢だ。お嬢からにじみ出る野良犬感というか、人食いザメ感というか、こればっかりは隠しようがねえ」
ああ? 私のどこが野良の人食いザメだ? と副官のコルセアを睨み上げていると、だったらこうしようと近くで雑用をしていたコバンザメズの1人が、ひとつ提案してきた。マキアがシバを出立時に船倉に持ち込んだあれこれの中から、フルフェイス型の鉄兜、それに板金鎧に籠手に具足を着せることで、人食いザメ感を隠しつつ、隠し切れない部分は護衛ということで誤魔化そう、というのだ。
そういうわけで、ダマバンドに交易に訪れた若手でやり手の商人と恋人の貴族令嬢、おまけに全身甲冑の小柄な護衛、という奇妙な三人組で無事に上陸を果たした。船には以前アーモロード近辺の海賊から奪った交易品が積まれているし、それ以外のカルバリン砲だとか銃や剣の類は、護身用とでも言っておけばいい。一番怪しまれそうなメガロドン海賊団の旗は、くるくると丸めて畳んで、私の背負った荷物袋の中に隠してある。
「さあ、行きますよ、皆さん」
防具を外して白いシャツ姿になったコルセアは確かに若商人の雰囲気が漂っているし、どこで覚えたのか言葉遣いの品を少しばかり上げてしまえば、もはや海賊には見えない。
「そうですね、あなた……おえっ、ゲボ吐きそう」
その隣で腕を絡ませて歩くマキアが、苦虫を嚙み潰したような、貴族令嬢が絶対にしないような顔をしてみせる。マキアは男に好意を抱かない性質というか性癖というか、なんていうか業を背負っているらしい。どうでもいいけど吐くのだけはやめてほしいし、令嬢はたぶnゲボとか人前で言わない。
若干の不安を抱きながら港に降り立つと、のんびりとした雰囲気の中、港湾警備を担っている老兵士が近づいてくる。
「お前たち見ない顔だが、もしかして海都から来た貿易船か? ようこそ、ダマバンドへ」
「ええ、大変でしたが南北の海を結ぶ航路がようやく完成しましてね。交易がてら、少しのんびりさせてもらいますよ」
うまく勘違いしてくれた兵士に、コルセアが普段とは別人の様子で爽やかな笑顔を向ける。こいつ、海賊になってなかったら詐欺師か女衒にでもなってたに違いない。そういう意味では私はいいことをしたな。
「ここは見ての通り、平和な場所でね。観光なら山の神殿に行くといい、あそこは伝説の三つ首竜が封印されているといわれていてね。その竜が発する気で、この街は守られているし、栄えているんだよ」
竜の気が防衛以外にどう役に立つかわからないけど、もしかしたら燃料とか電気とかの代わりになったり、万病に効いたり、開運の力があったり、憎い相手を呪ったりする効能があるのかもしれない。なんせ竜だ、どんな力を秘めていても不思議ではない。
「ダマバンドの竜の伝説は、我々の耳にも届いていますよ。ぜひ一度目にしたいと思っていましてね。よし、お前たち、見物がてら神殿に行きますよ」
どうでもいいけど、コルセアは後で蹴り倒しておこう。こいつに指示をされるのは、なんか腹が立つ。
山の神殿は竜を封じているというのに、完全に観光地化していて、表通りには竜の神殿まで徒歩〇〇分と記された看板が要所要所に立てられ、神殿と市街地を往復する乗り合い馬車がいたり、土産として三つ首竜饅頭が売られていたりもする。ちなみに三つ首竜饅頭はイチゴ味、パイナップル味、ブルーベリー味で、それぞれ炎・雷・氷を表しているのだとか。味はまあまあ普通。お値段はちょっと高め。
さらには神殿の前で、竜の爪や鱗から作りましたという体裁で売っている首飾りや髪飾り、竜の体内から取れましたという噓八百を重ねた宝石など、竜のおかげで栄えているというのは、もしかして詐欺商法のことなのかと思わせる商魂の逞しさ。商人は時に海賊より生き意地汚いとされるけど、こういう時の抜け目の無さというか開き直りというか図々しさは、確かに見習うべき点がある。さすがに「竜の赤ちゃん産まれました」と言いながら、適当に捕まえた蜥蜴を売っているのは生き恥だと思うけど。
呆れながら神殿の奥へと歩いていると、酒やサンドイッチを手に持った人集りが出来ていて、なんだなんだと覗いてみたら、
「天知る地知るカレイ汁、英雄トゥリタを皆が知る!」
ローブを被った男が一冊の書物を手に、地面から這い出してくる三つ首竜の前で口上を述べていた。その竜は天井に届きそうなほどに巨大で、伝説の通りに三つの首があり、凄まじい威圧感を放っているものの、封印されているからか神殿の外に出てくる様子はない。
「いいぞー、トゥリタ! 今日もドラゴン玉砕を見せてくれ!」
「ねえ、なにやってるの、あれ?」
「あん? 鎧のお嬢ちゃん、知らねえのか? このダマバンドは竜の力で栄えてるだろ、でも竜が封印から解かれたら困る、こんな街あっという間に木っ端微塵だ! かといって竜を滅ぼされたら恩恵にあやかれなくなる。そこでだ、定期的に首を落として竜の力を弱めて、生かさず殺さず街の繁栄に役立てるのさ。そして奴がダマバンドが英雄トゥリタ! 精鋭のゾディアックで御年65歳、強力な星術で首を叩いては竜に返り討ちに遭い、ちょうどいい塩梅で弱らせてくれるドラゴンキラーの達人さ! 達人すぎて最近はやられっぷりにも華が出てきて、ドラゴン玉砕なんて呼ばれてるわけだ」
なるほど、嫌な異名だな! でもなんとなく理解は出来た、この街では竜は資源なのだ。竜気以外にも鱗も爪も、おそらく血の一滴までも竜はダマバンドに繁栄をもたらし、おまけに首を落としても再生し続ける。まさに竜に捨てるところなし。掘っても掘っても尽きない鉱山のようなもので、同時に封印が解かれたら一転して危険な爆弾と化す。竜からしたら迷惑な話だけど、弱肉強食は世の常、この場合は強肉弱食なんだけど。どうでもいいけど焼肉食べたくなってきた。
「くらえ、竜め! パイノメアの炎熱!」
ローブのじいさんが竜の頭に強烈な炎を浴びせる。どうやら炎属性の星術らしい。
「カタステリスモイの雷鳴!」
今度は目も眩むような雷光を矢のように降らせた。どうやら雷属性の星術のようだ。
「プトレマイオスの極寒!」
神殿全体が底冷えするような冷気を放つ。どうやら氷属性の星術に違いない。
「ぐあぁー!」
そして暴れ回る竜の頭に吹き飛ばされて、神殿の外まで放り出されてしまった。なるほど、見事な玉砕っぷりだ。観客からも笑いと歓声が沸き起こっている。
「さーて、帰るか帰るか。仕事の続きだ」
「帰ってお夕飯の支度しなきゃ」
「うちには腹を空かせた女房が3人と子どもがいてねえ」
どうやらこの一連の流れがいつものお約束のようで、観客たちはさっさと立ち去り、手傷を負った竜は静かに眠りにつき、吹き飛ばされた英雄は蘇生薬をぶっかけられて家路へと就いていった。
「よし、私たちも宿に向かおう」
「ドラゴン倒さなくていいの?」
「いいよ、めんどくさい」
そこまでしてやる義理もなければ、倒してもいいけど滅ぼしてはいけない、なんてめんどくさいものと戦いたくない。私たちは部外者だ、なので適当に観光して帰るのが一番なのだ。
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鉄甲職人セリス
我が故郷アユタヤは昔から造船が盛んゆえ、様々な船が出入りする。
商船、漁船、軍用船、海賊船、形も用途も実に多種多様で、幼い頃から船を見るのが好きだった。中でも特に私を驚かせたのが、ガレオン船の船体全面に鉄板を張った『鉄甲船』とでも呼ぶべき黒い海賊船だ。並大抵の砲弾などもろともせず、燃やすことも敵わず、ラムで側面を突き破ることも難しい。まさに無敵の侵略者だ。
私もいつかああいう船を造ろうと船大工の道に進み、海都アーモロードの警備隊から依頼を受けて、親方と一緒になんとかって海賊団のラティーナを改造している。要望は暗礁海域を越えられる装備で、まさに願ったり叶ったり。船底や船首だけでなく、喫水船から上までしっかりと鉄板装甲で覆って、小型鉄甲船といっても過言ではない立派な船に仕上げてみせた。
「おい、セリス。ちょっとやり過ぎじゃねえか、これ」
「なーに言ってんですか、親方! ばっちりじゃないっすか! これで暗礁だってちょちょいのちょいですよ!」
確かに暗礁に擦った程度ではびくともしない頑強さを手に入れた。それどころかカノン砲にだって耐えられるくらいだ。
問題は船の上から装甲を張ったことで重くなり過ぎたことと、見た目が黒船と化してしまい、港によっては警戒心を以って迎えられそうなところ。単純に整備コストが跳ね上がったこと。あと張り方がうちの造船所独自の技術なので、よそでは取り外し出来なくなってしまったこと。
警備隊の要望は暗礁を乗り越えられる装備だ、装備であるからには使ったり使わなかったりもある。要するに外せなければならないのだ。
「というわけでマイラ船長、コルセア殿! しばらくの間、船大工として乗船しますので、よろしくお願いします!」
「なんかよくわかんないけど、よろしくね」
「セリスさんだっけ? わかんないことはなんでも聞いてくれよ、なんだったら船室で説明し……いってぇ!」
マイラ船長が副官のコルセア殿の尻を蹴り上げ、私に笑顔を向ける。なるほど、この少し軟派な色男は船長のこれか。私も了解したと親指を立て返し、意気揚々と船に乗り込んだのだった。
ちなみにコルセアは船長のこれでもなんでもなく、どちらかというと護衛兼部下兼肉壁兼雑用といった様子だったので、どっちみち私の興味を引くことは無かった。
【年 齢】22歳
【クラス】ファランクス+モンク
【所 属】メガロドン海賊団(船大工)
【出 身】商業港アユタヤ
【装 備】鉄板装甲
【適 性】船大工