天の城と心を持たぬ兵(第5迷宮21F~23F)

虹竜ノ月15日。
迷宮第五層【天ノ磐座】は伝承や噂話の通りの空に浮かぶ巨大な城だ。目も眩むような黄金で覆われた外壁、光り輝く黄金色の床と内壁、それらを支える翡翠のような緑色の柱と動く床。富と技術がこれでもかと詰め込まれた、まさに世界樹の上に聳えるにふさわしい姿だ。とりあえずどのくらいの純度の黄金なのか削って確かめようと。ゴリラが手頃な壁を爪で削っていると、
「此処は天の主、オーバーロードたる我の居城。許可なく立ち入ることは許されぬ。汝らはいったい何者だ?」
どこからともなく不思議な声が響いてきた。どうやらこの城、玉座から遠く離れた下層にまで音を届ける技術もあるようだ。ということは当然、逆もまた有り得る。事実としてオーバーロードとやらは私たちに問いを投げてきたし、その答えを待ち構えている。つまり上下階を自在に音で繋げられるので、指示や報告のためにわざわざ上へ下へと駆けずり回る必要もないので、敵襲の際なんかには実に守りやすく攻めにくい城と化すに違いない。
即ち彼らから見て外敵である私たちにとっては、攻め落としにくい城ということになるわけで。
「私は山田浅右衛門藻汐。こっちはゴリラの女王、剛莉羅。この城を貰いにきた!」
「城を……? 不死でもなく、諸王の聖杯でもなく、城を欲するというのか……?」
大公様の病を癒す諸王の聖杯は頂いてもいいけど、不死の肉体や永遠の命など欲しいとも思わない。他者により長生きしたいなんて一度も考えたこともないし、死んだら死んだでそれまでだと覚悟は決めている。それに散々罪人の首を落としておいて、自分だけいつまでもだらだら余計に生き永らえようなど、自分勝手にも程がある傲慢な発想だ。
「不死など無用! 私が欲しいのは城のみ! ただし諸王の聖杯、あと城にある武具や財宝、それらは城の一部と見做して一切合切すべて頂いていく!」
「そうだ! この城はゴリラの国の居城とする! 浅は特別に住まわせてやる!」
ゴリラとは後でしっかりと話し合う必要がありそうだ。でもそれは城を手に入れた後の話、まずはオーバーロードを説き伏せて、もしくは斬り伏せて城を奪うのみだ。

「不愉快な人間と獣だ。心して上がってくるがよい、この城が汝らの終わりの場所となるであろうがな」
「貴様も覚悟しておけ、オーバーロードとやら! 特に恨みもつらみも理由もないが、この城、山田浅右衛門正義が次女、藻汐が貰い受ける!」

そう言って啖呵を切ったところで不思議な声は途切れた。余程腹に据えかねたのか音は途中で断たれたようで、黄金に輝く通路の向こうから黒鉄の甲冑を纏った騎士たちが駆けてくる。
全身甲冑に大剣と大盾を携え、力任せに軽々と振り回す姿は並の冒険者には脅威だろうけど、これまで数々の難敵を斬り伏せてきた私の敵ではない。横薙ぎの斬撃を身を屈めて避け、下から腕間接の甲冑と甲冑の隙間に刃を突き立てる。
「……硬っ!?」
妖刀ニヒルの切れ味だからこそ腕を貫くことが出来たものの、鎧の下は鉱石のように硬く、刺しても斬っても血の一滴も流れない。当然痛みも感じていないようで動きが鈍る気配もなく、剣の勢いが衰える様子もない。
なるほど、この騎士は命ある人間や魔物ではなく、疲れも痛みも心も持たぬ機械の兵。天に魅了された冒険者たちに不死の命を与えたりするくせに、警備は機械任せとは、どうもオーバーロードとやらからは過剰に死を恐れているような臆病さと奇妙な気配を感じなくもない。
刃を上下に素早く振るい、機械兵の腕を切り落としてそのまま首を刎ねる。硬いとはいえ全く通用しないというわけではない。そこらの鈍刀ではこうはいかないだろうけど、妖刀ニヒルの威力をもってすれば腕や首の一本は容易いものだ。
「機械兵、恐るるに足らず」
この時は油断していないものの多少の慢心があったと思う。機械兵の真の脅威は、こんなものではなかったのだ。

                    

上階に足を踏み入れた私たちを待っていたのは、緋緋色の剣兵という更に強力な機械兵だった。樽のような胴体に機械の四肢が生えた、見るからに機械の兵隊で、特筆すべきは両手に握られた赤く光る剣。剣といいつつ実体は柄の部分のみ、刀身は鋼でも溶断してしまいそうな高熱と不気味な赤い光で形成されている。そんな光剣を左右の腕で振り回しながら、ついでに胴体も嫌になるほど強固で頑丈、さらには戦っている内にわらわらと同様の兵隊が集まってくるのだ。
一対一ならどうにかならない相手ではない。けど、こんなのを3体も4体も同時に相手できる余裕はないし、ひたすら逃げ回っては追い詰められ、アリアドネの糸で脱出し、また下層階から挑むを繰り返す羽目になった。

「また追いつかれた! アリアドネ!」
「今度は道を防がれた! アリアドネ!」
「こっちのルートは駄目だ! アリアドネ!」

こんな具合に試行錯誤と地図作成を繰り返すこと数十回、ようやく剣兵から逃れる安全な道筋を見つけたと思ったら、今度は海月か茸を思わせる姿の小さな機械が大量に待ち構え、互いに死角を補うように周囲を監視しているのだ。さっきの剣兵が個の強さを突き詰めているとするならば、こちらは数の強さ。警戒音を発しながら次から次へと湧いて出てきて、それがいつまでも終わることがない。ちまちまと倒していてもキリがないのだ。
「一刀流奥義、一閃。無形『昔語り』」
あえて機械海月の群れの中に飛び込み、ぐるりと身を翻しながら全周囲をまとめて両断するように刀を振るう。胴と足をことごとく分断された機械兵たちはようやく沈黙した。

「浅! わしまで斬られるところだったぞ!」
「斬らなかったんだから感謝しろ」
そう、私は巻き込まないようにゴリラの手前で刃の軌道を変えて、跳ね上げたり下ろしたりと複雑な太刀筋を用いたのだ。限界まで高めた速さと威力で眼前の敵を一掃する一閃。その中にあって、自分を軸に円周上に刃を振るい、途中で敵の構えや大きさに合わせて太刀筋を複雑怪奇に変化させる無形の技、それが昔語りだ。本来は敵に囲まれた上に人質なんかを取られている状況、要するに詰む手前の状況で起死回生を図るために編み出された技だ。
「わしでなかったら死んでいたところだ!」
私じゃなかったら死んでいたの間違いだ、とでも言い返そうと思ったけど、ゴリラに言い返しても仕方ない。私たちは機械兵の残骸の奥に佇む扉を開いて、中に待ち構える次の罠に身構える。

扉の奥に横たわっていたのは巨大な魔獣だった。鋼の猛牛を思わせるような巨大な魔獣で、頭と両肩、胴に生えていたであろう角は無残に斬り落とされ、分厚く屈強な肉体は幾重にも切り裂かれ、床にはどす黒い血が浅瀬のように拡がっている。その魔獣の上ではひとりの女が、先の剣兵が手にしていた光剣を4本も携えて、静かに日光浴でもしているかのように中空を見上げている。
「藻汐ちゃん、久しぶりですね。元気そうでなによりです」
「お久しぶりです、義姉上」
魔獣の上から足音ひとつ立てずに降りた義姉は、そのまま静かに私の目の前まで歩み寄り地面に腰を下ろして正座した。私も義姉に合わせて地面に腰を下ろし、穏やかな眼差しを向ける義姉に相対して視線を合わせる。義姉の瞳は海の底で泳ぐ魚のような深い暗さを帯びていて、そこには喜びも憂いもなく、私を見ているようで私を透かせて向こう側を覗いているような、ある種の神仏めいた嫌悪感を発しているのだ。

「なあ、浅。こいつ、以前と随分と様子が違わないか?」
「これが本当の義姉上なんだよ。この間の義姉上は、義姉上だけど今の義姉上とは別の御方だ」

義姉、山田浅右衛門侘助は罪人の首を落とし過ぎて狂ってしまった。義姉は元々、武家の娘には相応しくないような、穏やかで争いを嫌う人だった。しかし山田家の習わしに従って、心身共に未熟な年齢で罪人の首を刎ねた時、義姉の心は壊れてしまった。人が同じ人を斬る喜び、快楽、その魔性に魅入られてしまったのだ。生来真面目な性格の義姉は己を恥じ、しかし己が心を染めあげる魔から逃れることも出来ず、自らの中に代行者たる別の義姉を作りだした。そのひとりが、先の戦闘狂で全ての事象を人斬りに結び付ける快楽主義者の義姉だ。
そして今、私の目の前に座っている義姉こそ本来の義姉、誰よりも優しく真面目で剣才に秀でた、山田家の後継者に相応しかった本物の侘助。
「ところで義姉上、先の義姉ならいざ知らず、なぜあなたがこんな場所に……?」
問いかけにただただ義姉は静かに微笑んでいる。いや、この微笑みもそういう風に振る舞っているだけかもしれない。この義姉は先の義姉よりも、更に人の埒から外れてしまっているのだ。

「藻汐ちゃん、あなたにこの城を諦めて欲しいのです。あなたには刀などという厄災から離れ、危険から遠い場所で暮らして欲しいという思いもありますが、それとはまた別の理由で、この城の主たるオーバーロード……彼にはこの先も生きてもらわねばなりません」
義姉は私との間に光剣の一振りを置き、静かに淡々と語り出した。
「あなたも知っての通り、人であれ別の生き物であれ、誰かを斬るということは深い悲しみと喜びを伴う行為です。しかし、この世界樹の中に棲む魔者たち、彼らは天に魅入られて不死の肉体を手に入れました。彼らはどれだけ斬ろうと潰そうと焼き尽くそうと、七日から十四夜の間に必ず蘇ります」
義姉は口調とは対照的に、表情をひとつも変えることなく語り続けた。
どれだけ斬っても死なない彼らは、心を傷つけることなく満たしてくれる。この世界樹の中でなら好きなだけ斬り続けることも出来、それが永遠に終わることがない。百獣の王も魔人も、炎を統べる蜥蜴も、氷姫も、魔鳥も、機械兵も、守護者も、いくらでも義姉の心を痛めることなく死に続け、いくらでも蘇り続けてくれる、と。
「私はですね、藻汐ちゃん。私以外の全員に不死の肉体を得て欲しい、そして私が死ぬまで斬らせて欲しいのです」
私たち山田家は本来、戦でも起きない限りは罪人以外を斬ることはしない。死体を使った試し斬りであっても、罪を負った咎人以外は決して使わない。だけど首を落とす魔に魅入られた義姉は、もはや山田家の矜持の上には立っておらず、人の世界の理の中ですら生きていない。人を斬るためだけに生きる魔物そのものと化してしまっているのだ。
「義姉上、私はあなたのことは嫌いではありません。どれだけ狂おうと大切な家族のひとりです」
「私もですよ、藻汐ちゃん。血の繋がりはないけれど、父上と日光と月光、亡き母上、誰と比べても劣ることのない愛すべき妹です」

「ですが、義姉上が相手でも譲るわけにはいきません」
「ですが、愛しい妹であっても譲るわけにはいきません」

私は立ち上がって左手を妖刀ニヒルの柄に添え、同時に義姉も立ち上がって光剣の柄を左右の手に握り締める。
緋緋色金の光剣、確かに恐るべき剣だ。折れることも欠けることもなく、防ぐごとも出来ない永遠に戦える光熱で形成された剣。この迷宮を体現したかのような邪悪と殺意に満ち満ちた剣。
でもね義姉上、それは刀ではないのですよ。
勝負は一瞬で決した。
義姉上の繰り出す突きを刀を抜くと同時に叩くように払う。自然と上段に撥ね上がった刃を振り下ろし、もう片方の手の光剣を強く打ちつけて封じる。ぐるりと宙返りする義姉の、左右の足の指に挟み込まれた光剣を、振り上げた刃と横薙ぎで叩き落とし、がら空きになった側頭部に鞘の先を撃ち込んだ。
首討ちからツバメがえし、鞘撃へと繋げる五連撃。もし義姉が剣ではなく刀を振るっていれば、武士の魂を失っていなければ、私を止めるつもりではなく斬るつもりだったら、また結果は違ったのだろうけど……今回に限っていえば私の勝ちだ。
「義姉上、機械兵でよければ好きなだけ斬ってください。ですが、私は養父上や義妹たち、もちろん義姉上にも恩返しがしたいのです」
オーバーロードを斬れば不死となった魔物たちが死ぬのか、死ぬことのない輪廻に囚われたままなのか。それはよくわからないけど、城を手に入れるには邪魔立てする者は斬るしかない。

私は昏倒して床に転がった義姉に一礼、詫びの意思も込めて頭を下げて、更に上階へと続く階段へと歩みを進めることにした。


浅(山田浅右衛門藻汐)
ブシドー レベル74
<装備>
妖刀ニヒル、皇帝の胸当て、ブレイブガントレット、ブライトサンダル
<スキル>
上段:ツバメがえし、卸し焔
青眼:小手討ち、月影、雷耀突き
居合:首討ち、抜刀氷雪
其他:鞘撃、白刃取り

剛莉羅
ペット レベル74
<装備>
にゃん2クロー、獣王な首輪、大トンボのピアス、随意の飾り
<スキル>
攻撃:アニマルパンチ、丸齧り、引っかき、ビーストダンス、体当たり
回復:傷舐め、自然治癒、自然回復、最後の足掻き
補助:咆哮
探索:野生の勘

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