山田とゴリラと終わらない旅(第5迷宮24F~END)

古の時代、世界は滅びを迎えた。
人々は滅びの運命から逃れるため、古代の箱舟になぞらえた空船を作り、滅びゆく大地を捨てて逃げ出した。
しかし人間は大地を踏みしめて生きる種族だ。あまりに急激な環境な変化についていけなくなった人間は、ある者は迫りくる死を克服するために不死の研究を続け、またある者は滅んだ故郷へと戻ることを望んだ。
研究に研究を重ねた彼の者は人の体を捨て、永遠に滅びぬ器に精神を移し、同胞たちを救うために研究を続けた。その研究の成果が諸王の聖杯、そして世界樹の階層を守り続ける魔者たちだ。
しかし神仏の領域に土足で踏み込むような真似をした因果が廻ったのか、人に非ざる化け物と成り果てた者の運命か、彼の者、オーバーロードは命を落とした。
まさかそれがひとりのブシドーと1頭のゴリラの手で、とは考えもしなかっただろう。

私、山田浅右衛門藻汐とゴリラの剛莉羅は天の城を陥落させることに成功し、諸王の聖杯を持ち帰ってハイ・ラガードの大公様へと奉げたのだ。
もちろんタダで渡すわけがない。天の城の所有権、それと引き換えにだ。

                    

金羊ノ月13日。
私はハイ・ラガードを離れて大陸の玄関口、交易都市アイエイアから船に乗り、商業港アユタヤを経由して、さらに東国に位置する故郷へと戻ってきた。
もちろん故郷の養父上や義妹たちに、私の手柄を報告するためだ。

「というわけで天に浮かぶ城を落として参りました」
「それはまた、大層なことをしでかしたものだな」
養父上は半ば呆れながら白混じりの髭を触り、しばらく逡巡した後に選びに選んだであろう言葉を吐き出した。
「……国家間問題になるんじゃないか?」
さすが養父上だ、勘が鋭い。そしてその読みは的確過ぎる程に当たっている。

結論からいうと城は貰えなかった。私は他国の役職付きでもある山田家の人間であり、ハイ・ラガードの冒険者でもあるので天の城への出入りは自由に許されているのだけど、世界樹は法律的にはあくまでもハイ・ラガードの領地とされているらしい。他国の人間に領土を渡すことは出来ず、また冒険者でもない養父上たちの居城とすることも認められず、それこそ養父上の言う通り強引に話を進めようとしたら最低でも国家同士の揉め事、場合によっては戦争に発展しかねないのだ。
おまけに現在、オーバーロード亡き後の城は、連れのゴリラとその配下のゴリラの集団に寄って実効支配されてしまい、おまけにゴリラも諸王の聖杯を持ち帰った国の功労者に違いないため、ハイ・ラガード側は討伐隊を派遣するか交渉を続けるかの選択を迫られている頃だろう。

「一応、あの国の貴族に取り立てるとの提案もあったのですが……」
「勿論そんなつもりはない。私が仕えるのはあくまでも我が国の帝のみ、武士は二君を持つものではないのでな」
養父上ならそういうだろうなと思った。つまり私の冒険は単なる草臥れ儲け、これまでの苦労がことごとく空振りに終わってしまったのだ。

「養父上! とりあえず風呂に入ってもよろしいですか!」
「……好きにしろ。休みたいだけ休んでいくといい」

そういうわけで私は、天の城の主を斬ったブシドーという名声以外、せいぜい妖刀ニヒルとちょっとした路銀くらいしか手に入れられなかったのだ。
ちなみに次期当主になるつもりは毛頭なく、家督はおそらく私に遅れて帰ってきた義姉、もしくは近海の都に修行に出ている義妹のどちらかが譲り受けると思うので、再びハイ・ラガードに戻って冒険者をやりつつ、適当に他のギルドのブシドーでも捕まえて町道場でも開こうかと思っていた。
そう、連れのゴリラがこっちに訪ねてくるまでは。

「浅、久しぶりだな! お前がいない間に大変なことになったぞ!」
「なんだなんだ、どうした急に?」

近所の住人たちは突然現れたゴリラという大猿に驚いていたけど、私の知り合いだと判るや否や、また山田家かと蜘蛛の子を散らすように去っていった。変に深入りされるよりは面倒にならずに済むとはいえ、それでいいのかとちょっと思わなくもない。それよりもゴリラがどうやって1頭で船に乗ったのかとか、どうやって私の実家を探し当てたのかとか、気になることは他にたくさんあるけど、このゴリラに関してはゴリラだからで片付いてしまいそうなので考えるだけ無駄な気がしないでもない。
とにかくこの連れのゴリラ、私が故郷に帰った直後、人間を舐めるな獣畜生めと討伐隊を結成されてしまい、機械兵や魔物をも従わせて十日ばかり籠城戦を繰り広げたものの、最終的には冒険者ギルド選りすぐりの腕利きたちによって追い出されてしまったそうだ。

「……短い天下だったけど、まあ元気出しなよ」
「おのれ、人間共め! 我が居城ゴリ・ラガードを奪うとは……それどころか冒険者の資格まで剥奪するなどと、奴らには恩義や忠義という言葉は無いのか!?」
お前が恩義や忠義を語るなよ、と言いたくなったけど、そんなことより聞き捨てならない言葉が繰り出されたのを、私は聞き逃さなかった。冒険者の資格だ。ゴリラは元々ギルドを作れなかった身、それを私のひとりギルドに加えるという形で冒険者になった。そのゴリラの資格が剥奪されたということは、私の資格も残されているか危うい。私に何の落ち度もないけれど、世の中には監督責任とか雇用者責任とか、とばっちりとか、冤罪とか、そういった言葉で溢れている。
「おうよ、あいつらわしが浅の命令で天の城を占拠したと思っていたようだぞ。わしはわしの野心で動いているのに、失礼な生き物共だ」
「もちろん弁明はしてくれたよな!?」
「ゴリラの言葉など人間に通じるわけなかろうが。そんなことが出来るのはお前くらいだ」
そうだった、ゴリラは所詮ゴリラだった。ゴリラがどれだけ弁明しようと、普通の人間にはウホウホだのホギャーだのとしか聞こえない。そこから意味を読み取れる者など、まず存在しない。ギルド長でさえゴリラの言葉は理解していなかったことを思い出した。

「ゴリラ、今すぐ弁明しに行くぞ! 養父上、義姉上、ちょっとハイ・ラガードまで行って参ります!」
こうして私は再び大陸の北の国まで飛んでいく羽目になった。

                    

戌神ノ月6日。
懐かしささえ感じるハイ・ラガードの街並みに、本来であれば心穏やかにしたリ胸を躍らせたりするのだけど、今はそれどころではない。私は急いでゴリラの所業と私は無関係であると申し開きをしようと試みたところ、当然だけど公宮は出入り禁止、冒険者ギルドの登録は抹消、つまりは弁明の機会さえ失われていたのだ。さすがに酒場や宿屋、交易所の利用までは禁じられてはいないものの、これが大公様の命を救った英雄への仕打ちとは……。

「おのれ、人間共め! オーバーロードを討ち取ったのはわしだというのに!」
「討ち取ったのは私! お前は後ろから傷を舐めてただけ! 手柄まで奪おうとするな!」
「それを言うなら我の切れ味のおかげなのだ! ゴリラも浅も我にひれ伏すのだ!」

腰にぶら提げた妖刀ニヒルも交えて不毛な争いを続けること小一時間、いよいよ万策尽きてしまい、こうなったら他のギルドに混ぜてもらおうと、誰からともなく提案して意見はまとまった。しかし私が話したことのある冒険者なんて……ひとりだけ居た! カベドンという生存能力だけはなかなか大したものがあるパラディン、彼ならば事情を話せばわかってくれるだろうし、私に恩義を感じているはずだから快く受け入れてくれるに違いない。

「冗談はよしてくれよ、お嬢ちゃん。俺たち【ガーディアン】は今や公国お墨付きのトップギルドなんだぜ。お尋ね者を入れたら箔が落ちちまうってもんよ」
カベドンはオーバーロード退治のブシドーの師として、彼に師事したことは当然一度もないのだけど、私の知らぬところで英雄を育てた名伯楽として名を挙げ、これまで燻っていた腕利きたちを纏め上げ、いつの間にかハイ・ラガードで最も勢力の大きいギルドの顔役になっていた。
彼自身は相変わらず防御一辺倒のしぶといだけの人だけど、冒険者は万能である必要はなく、一芸に秀でた者の方がむしろ求められる。防御は彼が引き受けて、攻撃や探索は他の面々が担えばいいのだ。
「この恩知らず……」
「いや、お嬢ちゃん。恩っつっても氷の花を譲ってもらったくらいだぜ」
そんなことはない、他にも恩はあったはずだ。頭の中でこれまでの冒険の日々を反芻し、そういえば無いなと気づき、カベドンの未来に幸あれと無事を祈るだけは祈ってあげて、私とゴリラは再度途方に暮れてしまうこととなった。

「……仕方ない、実家に帰るか」
「そうなのだ、出番があるならどこでもいいのだ」
「そうだな。南の地で再出発というのも悪くない」

武器として頼りになる妖刀ニヒルはともかく、ゴリラまで連れて帰ってやるとは一言も言ってないのだけど、このまま放置しても余計な面倒事を生み出しかねない。アユタヤの近くに猿の生息地があったから、あの辺りにでも捨てていこうと考えていると、私と然して年の変わらない若い冒険者たちが呼びかけてきた。
「あの、山田さんですよね! 山田とゴリラの!」
いいえ、人違いです。私は山田だけどその山田ではないし、隣にいるのはゴリラだけどそのゴリラではない、単なる平和主義の旅人です。
「僕たち、新米冒険者で今から世界樹に挑むんですけど、なにか御教授願えますか!」
「……御教授といわれても、そうだなあ」
私は他人に物を教えるのが苦手だ。刀の基本や技なら教える自信はあるけど、目の前にいる5人はガンナー、アルケミスト、メディック、パラディン、ペットのパンダ。私とは戦い方から得物からなにもかも違い過ぎる。むしろ生兵法は却って怪我の素、しかし身も心も打ちひしがれている今の私は、彼らを無下に突っ撥ねる気にもならないのだ。

「じゃあ、これでよければ……参考になればいいけど」

私はここまで記してきた日記を渡すことにした。天の城を手に入れた後、一部を市井に開放して、山田丸や刀剣に混じって『山田浅衛門冒険記』とでも題して売ろうと思っていたけど、そんな機会は訪れそうもない。せめて誰かの糧にでもなってくれたら書いた甲斐もあるというもの。
新米冒険者たちは歴戦の指南書を手に入れたように瞳を輝かせて、希望と夢に溢れる新しい冒険の一歩を踏み出していった。

                    

そして半年ほどの時を経て、私の目の前に日記がある。
どうやら新米冒険者たちは命を落としたのか、荷物を落としたのか、それとも役に立たないと捨てたのかわからないけど、ハイ・ラガードの別の冒険者たちが迷宮内で拾い、預り所や商人、海賊、海岸警備隊、猿、飛脚と様々に経由して、町の金物商となった山田家に戻ってきたのだ。店番のゴリラが受け取り、そのまま適当な棚に突っ込んでいたせいで気づくのにさらに数日を要したけど、こうして手元に戻ってきたのはなんだか感慨深いものがある。

「また冒険に出るのも悪くないかもね」
「悪いに決まっとるだろうが! ただでさえ人手不足で猿の手も借りたいぐらいなのに、なにをのんびりと日記を読んどるのだ、貴様は!」

店先ではゴリラが荷物を抱えて右往左往、本当に右に行ったり左に行ったりして仕事になっていないのだけど、とにかく忙しそうにしていて、どたどたと走り回っている。それほど繁盛している店でもないけど、ゴリラ1頭と養父上が食っていく分には困っていないので、ちょっとした大店と胸を張ってもいいのかもしれない。そう、ゴリラと養父上が食っていく分には。
実に単純な計算だ、ひとり分の食費や生活費が乗っかかれると赤字になるのだ。
「なあ、藻汐。別に贅沢をしろとは言わないが、食べ盛りの年頃で米を大根でかさ増しするのは、さすがにどうかと思うぞ」
「おい、浅! 肉は無いのか! わしは肉が食いたいのだ! どこか出稼ぎにでも行ってこい!」
もちろんゴリラを捨てれば済む話だ。しかしこのゴリラ、何度捨てても帰巣本能を発揮して数日の内に帰ってきて、さも当たり前のように店の中でうろうろしながら飯を食えるだけ食うのだ。おまけに防犯上、意外と役に立つ用で万引きや盗人を何度か捕まえているせいで、養父上に気に入られてしまい、我が家で飯を食うどころか庭で自由に過ごしていいというお墨付きまで得てしまった。その結果、家計に悩む私に出稼ぎという選択肢を突きつけるに至ったのだ。

「養父上、ちょっと出稼ぎに行って参ります。おい、ゴリラ、養父上に面倒をかけさせるんじゃないぞ」
「おう、行ってこい行ってこい。土産を忘れるなよ」
このゴリラめ……庇を貸して母屋を取られるとは、まさにこのことだ。
私は再び山田家に名声とそれなりの富をもたらすため、次なる冒険の場所へと旅立つことにしたのだ。大陸の辺境の地にでも向かうか、それとも船に乗って海都に流れるか、或いは絶海の孤島にでも挑むか、風の噂で聞いた新大陸の野営地にでも合流してみるか……どこに行っても刀と技があればどうにかやっていけると思う。
「いざとなれば刀を質に入れるのも……」
「絶対駄目なのだ! 刀を持たないブシドーなんて、餡の入ってない饅頭みたいなものなのだ!」
折角手に入れた妖刀を手放すつもりはないけど、そうならないように全力は尽くそう。
そう覚悟を決めて私は鞘を地面に垂直に立て、パタリと倒れた方向に視線を向け、風の向くまま気の向くままにそっちへと新たな一歩を踏み出したのだった。


浅(山田浅右衛門藻汐)
ブシドー レベル75
<装備>
妖刀ニヒル、緋緋色金二枚胴具足、ブレイブガントレット、ブライトサンダル
<スキル>
上段:ツバメがえし、卸し焔
青眼:小手討ち、月影、雷耀突き
居合:首討ち、抜刀氷雪
其他:鞘撃、白刃取り

剛莉羅
ペット レベル75
<装備>
にゃん2クロー、獣王な首輪、強健のお守り、随意の飾り
<スキル>
攻撃:アニマルパンチ、丸齧り、引っかき、ビーストダンス、体当たり
回復:傷舐め、自然治癒、自然回復、最後の足掻き
補助:咆哮
探索:野生の勘

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