ぷかぷか!メガロドン海賊団航海記(1) ボロでも板切れよりゃマシだろ!
「で、お嬢。ほんとに船なんて貰えんの? 詐欺じゃねえの? なあ?」
「あのねえコルセア、私たちは仮にも海賊だよ。貰えなかったら奪えばいいの!」
私は隣を歩く旧エル・ドラゴ海賊団の下っ端水兵のコルセアを嗜めながら、港の主に教えられた住所を訪ね歩いていた。
私とコルセアが命からがら流れ着いた海都アーモロードは、巨大な世界樹を要する交易拠点、もとい元交易拠点で、洋の東西を問わず流れ着いた冒険者たちが集う港町だ。その中のほとんどは世界樹の方に夢中で、海の方に目を向ける冒険者は少なく、人手不足もあって航海ルートの復活はまだまだ遠い。
しかし考えようによっては一獲千金のチャンス。世界樹がライバルたちと鎬を削り合う赤い海とするならば、航海ルートの開拓は競争相手のいない青い海。そして私たちは航海経験豊富な海賊、それも南北の海で名を馳せた旧エル・ドラゴ海賊団の一員だ。
そんなお宝みたいな話が目の前にぶら下がっていたら、いつまでも港で沖仲仕をやっている場合ではない。そのためにもまずは船、船がなければ私たちなど陸に上がった河童みたいなものだ。奪ってでも手に入れなければならない。
とはいえ、その心配、私は杞憂だと思っている。というのも船の持ち主が持ち主だから。
港の主が言うには、そこには美しい未亡人がいるらしく、亡き旦那さんが漁で使っていた船が遺されているのだとか。漁師の旦那は漁師を引退していたものの、海の男らしく豪快な酒飲みだったところは引退していなかったようで、泥酔して港の岸壁で小便をしようとして海に墜落、そのまま帰らぬ人となってしまった。海ではよくある事故で、酒を飲む時はロープとカラビナを忘れるなというのは鉄の掟として各地の海賊団で徹底されていたりする。中にはカラビナを腰に提げて、ロープの片側をしっかり括りつけて、もう片方を結んでなくてサメの餌になった間抜け野郎もいるので、そんなに珍しくないどころか本当によくある話だ。エル・ドラゴ海賊団でもうっかり酔って海に落ちて、船長に顔の形が変わるまで殴られた奴もいる。何を隠そう、隣で歩いてるこいつがそうだ。
「美人の未亡人ねえ、どう思う?」
「どうってなにが?」
「だからさあ、どんなタイプの美人かって話だろ。薄幸の美女なのか、海都らしいエキゾチックな美女なのか、それとも良家の令嬢だったりするのか」
コルセアは船よりも未亡人が気になっているらしい。こいつも若干ヘタレではあるけど海の男だ。海の男は総じて宝と自由と女を愛するものだそうで、全体的に女癖が悪いというか女に見境がないので、船は女人禁制だというところも多い。そしてこいつもクラスパーの異名を持つ海の男だ、女にだらしなくて港々で恋人を作ろうとするタイプの馬鹿野郎だ。
でも、こういう時にはむしろそれが役に立つ。未亡人が船代を吹っ掛けてきたら、こいつの粗末なんだか立派なんだかわからないクラスパーでどうにかしてもらおう。ちなみにクラスパーとはサメのちんちんのことだ。
ひとつ不安要素があるとすれば、こいつはこんなのでも銃の名手、特に早撃ちに関しては旧エル・ドラゴ海賊団でも五本指に入る腕前だけど、噂によるとあっちの方も早撃ちなのだとか。そんな早撃ち豆鉄砲で港の未亡人を満足させられるかだけど、そこは若さと体力で頑張ってもらうとしよう。
「たのもーう!」
「ご免下さい、お邪魔しますだろうが! この小娘が!」
未亡人宅のドアを開けた瞬間、しっかりと使い込まれたスコップが挨拶代わりに飛んできた。使い込んだというのは地面を掘っただけではない、鉈のように尖った側面にこびりついた血脂と赤錆……この跡が獣や魚だったらいいけど、そこは怖いから聞きたくない。
「お嬢! 聞いてた話と違わないか!?」
飛んできたスコップを鼻先スレスレで受け止めながら、膝から下を小鹿みたいにガクガク振るわせてコルセアが非難の声を上げる。それもそのはず、未亡人宅にいた未亡人は若かりし頃なら美人だったかもしれないけど、年季の入った大わし鼻のでっかい老婆。おまけに怪鳥のようなドスの利いた声で喋り、手にはこれまた使い込まれた大振りの鉈。美しい未亡人というより、おぞましい処刑人と形容する方が相応しい、そんな老婆なのだ。仮にコルセアがクラスパーを取り出したところで、わしづかみにされて上からダァーンっと切り落とされるに違いない。
「あのー、お婆さん。私たちはだね……」
「ババア呼ばわりされる年じゃないよ! あたしゃまだ現役だよ!」
今度は鉈が飛んできた。なるほど、きっと現役の殺人鬼に違いない。
このばーさんの名前はバーバラさん、68歳。樹海のキラークィーンの異名を持ち、故郷の因習村の血塗られたスコップ術と短剣もしくは農具を組み合わせた武器術の使い手。【マッドハニー】というギルドのリーダーで、コバンザメズという元犯罪集団のチンピラ共を力で従えているという。
「どうぞ、お客さん。お茶です」
シノビみたいに覆面で顔を覆った男がお茶を淹れてくれた。コバンザメズのひとりで名前はコバイチ、本名はウィリアム・なんとか。顔を隠している理由は、この家を地上げしようとした際に顔面にスコップを叩き込まれ、表に出せないような顔になったからだとか。
「お茶を出す時は、お盆は額より上って言っただろ!」
コバイチの頭がテーブルの角に叩きつけられる。おお、これが因習村のテーブルマナーというやつなのか、間違ってもばーさんの故郷には近づかないようにしなきゃ。
「で、お嬢ちゃん。船が欲しいんだって?」
ばーさん(バーバラさんの略、ババア扱いではない)は親指より太い葉巻に火をつけながら煙をモクモクと吐き出し、窓を開けて目の前の桟橋に繋がれた1隻の小型帆船を指さした。
帆船はバルシャという小型船の類で、お世辞にも立派な船とは言い難い。喫水は浅く装甲も薄く冒険航海には不向き、せいぜい沿岸で魚を獲るくらいしか使い道がない船だ。これで戦闘をしようなんて海賊がいたら、海に出る前に酒瓶で頭をぶん殴られるに違いない。
「ボロでも板切れよりゃマシだろ!」
「たしかに……!?」
物は言いようとはよくいったものだ。ばーさんは私たちに船を押し付けて、ついでに船員にとコバンザメズも押し付けて、これでショバ代を払わなくて済むと上機嫌で酒を注ぎ、馬の首くらいありそうな分厚いハムを齧り始めた。
「そうだ、お前たち。ギルドには登録してないんだろう?」
ギルドとはアーモロードの郊外、内陸部にそびえ立つ世界樹、その地下に発見された迷宮を攻略する冒険者たちを纏め上げる組織だ。大元締めの冒険者ギルドがあって、その下に各個人が結成したギルドがあり、冒険者は自らギルドを立ち上げるか既存のギルドに加入するかして、初めてアーモロード近辺での冒険を許される。
私は迷宮になど興味はないので登録していなかったけど、どうやら海図を書いて提出する以上は元老院への報告が必要で、冒険者でもない一般市民に報告されると統制が取れないとかなんとかで、勝手にその場でギルド登録を澄まされてしまった。
「あたしゃ海になんぞ興味ないがね。せっかく船を譲ってやるんだ、ギルドくらい入れてあげるよ」
「ばーさん……!」
「ババア呼ばわりされる年じゃないよ!」
ばーさんが豪快に怒鳴りつける。私も荒くれ者の世界で生きてきたのだ、一般常識くらいは存じている。こうやって貸しを作って、ガキを懐柔して手懐けるのはアウトローの常套手段だ。おそらく私たちを冒険者ギルドの登録も出来ないはぐれ者かなにかだと判断したのだろう。めんどくさいからしてなかっただけで、別に出来ない理由も恩を押し付けられる必要もないのだけど。
(コルセア、あとでギルドからの脱退と新規ギルドの登録済ませといて)
(任せとけ。このババアに死ぬまで搾り取られる前に逃げねえとな)
私はばーさんに気付かれないように、海賊流の独自の指サインで指示を出しておいた。
「そうだ、航海に出るならこいつも張っときな。ボロでもちったあ格好がつくだろうよ」
ばーさんが渡してきたのは魚の形をした小さめの旗で、海賊がドクロの旗を掲げるように、漁師たちは大漁祈願の旗を掲げている。この旗は船の元の持ち主が使っていたもので、太陽の光を浴びると海面に魚を模した影が浮かび、それが他の魚を引き寄せてくれるのだとか。実際にそんな効果があるのかは魚じゃないからわからないけど、なにもないよりはマシ程度の代物だろうなと思う。
「で、船の名前は決めたのかい? まだないんだったら奴の使っていたハッピーアワー号を引き継ぐといい」
「船の名前は最高にかっこいいのを決めてある」
そんな酒場のセールみたいな名前ではない、最高にかっこいい大海原に繰り出す帆のような名前があるのだ。
【メガフカヒレ号】
私たちメガロドン海賊団の船名第1号だ。
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マイラ・フーカ
私、マイラ・フーカの冒険は13歳の頃に産声を上げた。
私の故郷は特殊な潮流に囲まれた難攻不落の海上都市だけど、その外敵を阻む潮流のせいで実質的な鎖国状態で、おまけにうっかり波にさらわれてしまったが最期、二度と故郷の土を踏むことは出来ないと幼い頃から口酸っぱく聞かされて育ってきた。私の両親は猟師飯居酒屋を切り盛りしていて、よく食材調達に近海に小船を出して魚を獲っていたのだけど、ある時不幸にも潮流にさらわれてしまい、そのまま潮流の向こうに放り出されてしまった。父はその際に船から落ちてしまいそのまま離ればなれ、母は故郷で夫と娘の帰りを待ち続けているに違いない……そして私は舵も櫂も壊れた小船で何日も海の上を漂い続け、たまたま通りがかった海賊船に拾われた。
その海賊船こそエル・ドラゴ海賊団の旗艦ゴールデンハインド。
威風堂々とした装甲板で覆われたガレオン船、木っ端な海賊など簡単に海の藻屑と変えてみせるズラリと並んだカルバリン砲の数々、荒くれ者の勇敢な海の男たち、私はあっという間に海の覇者たるこの一団のとりこになり、下っ端も下っ端の見習い水夫の端っこの隅っこの出涸らしから名を上げることに決めた。
その数年後、突然船長が解散を宣言した時はどうしようかと思ったものだけど、元々漁師の小船で死にかけてたところから始まった冒険譚、こんなところで終わるはずがない。私は無事にボロっちいけどそこそこ立派なバルシャ船を手に入れて、南海の都アーモロードから再び大海原へと繰り出したのだ。
「で、お嬢、さっきから何書いてんの?」
「日誌。なぜなら大海賊とは日誌を書き記すものだから」
甲板掃除を終えた副官のコルセアに日誌を突きつけ、将来これが山のような金塊に換わるのだと教えてあげた。強く美しく麗しい大海賊が書き記した航海記、きっと誰もが喉から手が出る、いや、吐き出された臓腑が触手になってしまうくらい欲しいに違いない。
「いや、例えがこえーよ。悪魔崇拝者の教本じゃねえんだから」
……まったく、この日誌の価値も解らないとは残念な男だ。
「さてと、今日の日誌執筆はこれくらいにして、冒険に繰り出そうかな」
私はコルセアとコバンザメズという4人の水夫を引き連れて、今日も今日とて大海原へと乗り出した。
マイラ・フーカ
【年 齢】18歳
【クラス】パイレーツ(素質:シノビ)
【スキル】ハンギング、イーグルアイ、他
【所 属】メガロドン海賊団(提督)
【出 身】海上都市シバ
【所有船】メガフカヒレ号
【適 性】船長