ギルド名は『山田』(OP~第1迷宮1F)

皇帝の月1日、ちょうど年の初めに町に辿り着けたのは幸運と喜ぶべきか、それとも運なんて全部使い果たしてしまったと悲観するべきか。
何に付けても物事を始める日は、節目の日であることに越したことはない。
早速世界樹に登ろうとしたら、全身に頑丈そうな甲冑を纏った衛士に道を塞がれてしまった。なるほど、斬って捨てても構わんのだよな、と一瞬思ったものの、私の目的はくだらない力比べでもなければ、もっとくだらない殺し合いでもない。和が家名の名を上げて、更には世界樹の上に存在するという空に浮かぶ城を見つけ、そこを実家の義姉や養父上の居城とすることなのだ。帝や将軍になろうなど大それたことは滅相もないけれど、しかしこのまま没落させてしまうには惜しい家柄ではあるので、それなりの地位と名誉と権威は掌中に収めておきたい。となれば、この地の支配者や衛士、住民たちとは良好な関係であるべきだ。
私は腰にぶら提げた短刀に添えた手を放し、精一杯に作り上げた笑顔を浮かべて、考えうる限り最良の一言を投げかけてみせた。

「じゃあ、許可をくださいな」


私の誠意が通じたのか、衛士はガチャガチャと金属音を立てながら通りの向こうにある建物を指差した。石造りの立派な建物があり、どうやらそこが冒険者ギルドという場所らしい。更に衛士が言うには、ギルドに登録することで初めて冒険者としての身分が手に入り、さらに公宮の許しを得ることでようやく世界樹への立ち入りが許可されるというのだ。めんどくさいと思う反面、そうでもしなければ山賊が住み着いたり、脱走した囚人なんかが逃げ込んだりするだろうから、特に文句を言うつもりもない。めんどくさいとは思うけれど。
「見ない顔だが旅の冒険者か? どうだ、皇帝の月の1日という年の初めを記念して、新たなギルドを登録するか?」
ギルドで待ち構えていた、衛士よりも更に頑強で重たそうな甲冑を着込んだ、声の雰囲気からして若い女と思われるギルド長が、手慣れた様子で書類とペンを突きつけてくる。先程も数名の冒険者らしき男たちが出入りしていたので、このやりとりも慣れたものなのだろう。
私もペンを走らせてギルド名と所属する冒険者の数を書き記す。

ギルド名【山田】
所属人数【1名】

もちろん私ひとりだ。この町にはついさっき着いたばかり、もちろん仲間などいない。この町に来るまでの道中で声を掛けてもよさそうなのは数人いたものの、私は少々人見知り気味なので断られたら嫌だし、仮に仲間に加わってくれたとしても足手まといだったら目も当てられない。私も偉そうなことを言える程の腕ではないけれど、人を斬ったこともない素人と組むのは気が引ける。かといって腕もないのに自身だけはあるお調子者と組むのはもっと最悪だ。そういう者には、まず豚から始めよ、と声を大にして言いたい。
「ヤマダ? 1名? 色々と問いたいことはあるが……そうだな、ヤマダとはなんだ?」
嘆かわしいことだ。いくら大陸の北の方とはいえ、我が山田家の家名はこの地までは届いていないようだ。仕方ない、あまり実家自慢をするのは格好悪いのでなるべく控えたいところだけど、どうせいずれ知らぬ者のいなくなる名だ。最初の一歩としてギルド長から教えておくのは悪くない、むしろ彼女が今後の説明を肩代わりしてくれるなら良策といえよう。

「山田はうちの家名だ。家業として御様御用(おためしごよう)……ざっくり言えば刀の試し斬りを勤めている。ざっくりは別に刀で斬った時の擬音を掛けたわけではないのであしからず。あとは罪人の首を刎ねる死刑執行人も務めるけれど、それはついでみたいなものだ。私はそこの養女で次期当主候補のひとり、山田浅右衛門藻汐(やまだあさえもんもしお)と申す。数ヶ月前に故郷で死刑執行制度が変わることになり首を刎ねることも無くなったので、実家の新たな食い扶持と名誉を求めて、このハイ・ラガードの地へと辿り着いた。というわけで、山田という名は私を最も端的に表す名であるのだけれど、まだ当主でもないので山田(仮)でもいい」

死刑執行とか首を刎ねるといった物騒な単語を聴いて、ギルド長の重心が僅かに後ろに、危機に対して待ち構えるように動いたようにも見えた。しかし私に攻撃するつもりがないことを理解してくれたのか、すぐに重心を元に戻し、
「ギルド名はわかったが、それよりも人数だ。世界樹の迷宮は甘くない、原則5人で行動する方が賢明だ。中には2人3人で行動する者もいるが、私の知る限り独りというのは聞いたこともない。そうだな、そこの隅に男が座っているだろう? 奴はカーベリオ・ドンハッド、お前と同じ新米冒険者だ」
カーベんん? ドンなんだって? 一度で聞き取れなかったし、めんどくさいのでカベドンと呼ぶことにしよう。カベドンという男は、ギルドの隅の方に座っている中年男だ。顔には刃物で浅く裂かれたような傷跡があり、明るい茶色の髪と豊かな髭を携え、目つきは少々悪い。傍らにはそれなりの剣と盾を立て掛けているものの、草臥れて薄汚れた薄手のシャツにステテコ姿の上下を見る限り、おそらく剣と盾で全財産を使い果たし軍資金もなく路頭に迷っている、といったところか。
「え? あれを連れていくの? 私が?」
「独りよりはマシだろう」
体のいい厄介払いに利用された気もする。もしかしたら本当に独りよりはマシなのかもしれないけど……まあ、道中で邪魔だったら魔物の餌にするなり囮に使うなりすればいいか。
「よろしく頼むぜ、お嬢ちゃん!」
出来れば迷宮に行くまでに何処かに消えて欲しいけど、なにやら妙にやる気に満ちているので、改心を期待するのは無駄だろうな。
「いいけど、死んでも知らないよ」
半分は嘘だ。死んでしまったら臓腑だけでも戴いて、家業の秘薬の材料にでも使わせてもらおう。我が山田家に伝わる秘薬【山田丸】の材料は罪人の臓腑や脳だが、特別罪人だから効果があるというわけでもない。人は人、死ねば誰しも等しく同じ躯だ。ちなみに山田丸、万病に効くものの、材料が材料だからか、知っている者からの評判はすこぶる悪い。


                    


【古跡ノ樹海】、世界樹第一層に拡がる迷宮だ。石造りの柱が並び、古い遺跡が深い森に飲み込まれる形で緑に覆われている。比較的調査が進んでいるため安全が保証されているのか、新米冒険者の案内を任された衛士の背中からはある種の余裕すら伝わってくる。
「だからよぉ、このままだと嫁と娘から愛想尽かされちまうから冒険者になったわけよ。このまま無職続けてたら出ていかれちまう、仕方ねえ一攫千金だ、ってことでこの剣と盾を買ってだなぁ」
それでも迷宮に着いてからというもの、カベドンの口数がやたらと増えている。やはり緊張しているのか、少しでも余裕のある姿を保ちたいのか、どのみち魔物に遭遇した瞬間に死にそうだなと容易に想像できる。
「カベドンさん、私の国には、まず豚から始めよ、という言葉があってだね。豚は斬った時の感触が人に似てるんだよ、だから初陣前の武士や兵士は豚を斬って慣らしていくわけ。もちろん豚は後で、有り難く戴くわけだけど。私も10歳までは豚相手に訓練したものだよ、懐かしいな豚殺し」
豚殺しというのは、山田家で代々使われる訓練用の脇差の名前だ。義妹たちが使った後、義姉の腰に戻った。その名前と話を聞いたカベドンと、ついでに試験のために迷宮の奥へと誘導していた衛士が言葉を失っている。どうやらこの国には、そういう風習は無いらしい。よし、豚の話は今後封印しよう。豚さんは斬らない、斬ったことなど無い、食べたことはある、そういうことにする。
「よ、よーし! この辺りでいいだろう! 君たちは地図を描きながら入り口まで戻ってきてくれ! それじゃっ!」
衛士は早口で捲し立てると、さらに速足で視界の外へと去っていった。失礼な、こっちは罪人以外は斬ったことなどないのに。

先程まで衛士のいた場所には、複数の薬品が入った紐付きの袋が落ちている。入っていたのはメディカという一般的な治療薬で、打ち身に打撲、裂傷、火傷、一通りの外傷に効能がある。材料は人体ではない、おそらく。
「これは餞別ってところかな」
薬袋を背負って衛士の走り去った方向に目を向ける。随分と右往左往しながら移動していたのはこういうことか、道がさっぱりわからない。数度訪れたら歩き慣れるのだろうけど、町暮らしの中年男と特に山暮らしでもない小娘では遭難してくれというようなものだ。
薬と一緒に詰め込まれていた真新しい地図を拡げて、用心深く慎重に、しかし過度に怯えることなく入り口を目指すことにした。

「ひぃぃぃぃぃっ!」
「うわぁぁぁぁっ!」
「ぬおぉぉぉぉっ!」

道を進む度にカベドンが情けない悲鳴を上げる。しかしその悲鳴が功を奏するのか、目の前に躍り出た魔物はカベドンに気を取られて、僅かな時間ではあるけれど私から注意が逸れる。その隙に側面や背後に回り込み、首に短刀を突き立てて捻じり、大きく切り裂いて仕留めていく。
カベドンは囮としては意外と優秀で、服1枚に盾を構える姿は最初こそ哀愁漂っていたものの、いつしか堂に入るというか一角の勇士のように見えなくもない……あ、吹き飛ばされた。メディカぶっかけなきゃ。
気絶寸前のカベドンを無理矢理起こして、盾を構えさせて前方に蹴り出す。そうして集まってきた魔物を片っ端から斬り捨てていく。それを主にカベドンが嫌になるほど繰り返していると、ようやく見覚えのある景色と待ちくたびれた様子の衛士が視界に飛び込んできた。
「君たち、大丈夫かい? いや、そっちの君は大丈夫だろうけど、そっちのあなた。死ぬ前に帰った方がいいぞ」
衛士は血と泥にまみれて盾を杖代わりにして、かろうじて立っているだけの生き物に憐れみの目を向けつつ、もう一方の目で私の描き終えた地図を確認し、
「よし、合格だ。このまま探索を続けてもいいけど、深入りする前に公宮に報告しておいてくれ」
「じゃあ、もう少し探索しておこうかな」
「いやだぁぁぁぁっ! 帰らせてくれぇぇぇぇっ!」
私がまだ踏み込んでいない獣道に目を向けると、カベドンから今日最大級の悲鳴が上がる。わかったわかった、もう帰ってくれ。無理強いするつもりはないから。
最後の力を振り絞って全力で逃げていくカベドンを見送って、微かに頬を伝わる汗を拭い、もう少しだけ危険へと足を踏み入れた。

手負いの獣を避けたり、強襲してきた魔物を斬り捨てたりしながら奥へと進むと、一振りの脇差が地面に突き立てられていた。見覚えのある一振りで、それこそ少し前に衛士とカベドンに説明した山田家の脇差だ。今は義姉の侘助(わびすけ)、あまり女性らしくない名前なのは生まれる前に跡取りは息子に違いないと先走った養父上のしくじりだ。名前の良し悪しはさておき、義姉に戻ったはずの脇差があるということは、あの人もこの地を訪れたのか。殺しても死なないような尋常ならざる猛者ではあるし、かといって長々と時間をかけて働くような性格でもないので、どうせ適当なところで飽きてまた別の地にでも渡っている頃だろう。なんせ罪人の首を斬り過ぎて気が触れた人だ。
私や義妹たちも、ああはなるまいと反面教師にしながら、しかし見事としか言いようのない太刀筋と所作だけは御手本にしたものだ。
「まさかこんな異国の地で再会するとは、これからも末永くよろしくね、豚殺し」
鞘から抜いてみると、目立った刃毀れも錆もない、しかし血曇りの痕は拭いようのない程に残っている、思い出と変わらぬ姿がそこにあった。
私はよく馴染む重みを腰に携えて、ひとっ風呂浴びるかと町への帰路を踏み出した。

ちなみに道中の小部屋にいた手負いの獣は、脇差の錆にしておいた。やはり手に馴染む刀は振りやすい、するりと容易く、獣の首を落とすことに成功したのだった。
実際には錆びる前に血肉は拭き取るので錆びはしない。


浅(山田浅右衛門藻汐)
ブシドー レベル8
<装備>
脇差、ツイード、鉄の髪飾り、リーフサンダル
<スキル>
首討ち、鞘撃、他

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