銃士と少女とデブおかっぱ角笛魔人(第2迷宮9F~10F)
笛鼠ノ月10日。
サラマンドラの棲み処から火トカゲの羽毛を持ち帰り、迷宮の更に上階を目指す私たちの前に現れたのは妙な二人組だった。
ひとりは老齢の銃士、しかも両手に拳銃を構えた二丁の使い手だ。銃に関してそこまで詳しいわけではないけど、刀での二刀流と比べて銃の二丁持ちは効果が薄いとされる。大雑把に弾をばら撒くだけなら意味はあるものの、正確に狙いをつけようとしたら利き目を用いて照準を合わせる必要がある。利き目じゃない方で狙うと照準が大きくズレて、命中率が極端に下がるのだ。かといって両銃を利き目に合わせようとすると、今度は感覚的に合わなくなりどちらも当たらないという泥沼に陥る。相当な訓練と慣れと、天賦の才が必要になるのだ。危険な迷宮の中で伊達や酔狂で用いるものではない二丁拳銃を扱うのだ、相当な曲者に違いない。
もうひとりは私と似たような年齢の少女だ。呪医者を名乗っていたけど、どういう職業なのかはよくわからない。ただ、こちらの少女も少女で、銃士と同様に只者ならぬ気配を帯びている。年齢からは想像できないような実力を持つ猛者に違いない。
ふたりはエスバットというギルドで、ハイ・ラガードでも指折りの実力者らしい。他のギルドが話しているのを以前耳にしたことがある。それにしても呪医者と銃士の組み合わせ、同じ二人組だというのに妙にかっこいいからズルいな。こっちはブシドーとゴリラだぞ。私は呪医者に引けを取らない自信があるけど、銃士とゴリラではなんていうか致命的な格差を感じる。
「お前、どうせ組むなら銃士がいいな、などと思ってないだろうな?」
「私がそんな薄情な人間に見えるか」
うちのゴリラは妙に鋭い。野生の勘というものなのか、まるで私の心を読んでみせたかのようだ。
「え? 君、ゴリラと会話出来るの?」
呪医者の少女に驚かれてしまった。心を読むような勘のいいゴリラと、ゴリラだけでなく獣と喋れるブシドーの小娘。樹海の魔物よりも奇妙な生き物として、少女の目には映っているのかもしれない。
「お嬢様」
「あぁ、ごめん、爺や」
少女はこほんと咳払いして本題に入り、この先には少々凶悪な化け物が住んでいて、それを警告して回っているのだと語った。一流の冒険者以外は進めないように公宮から頼まれているのだとか。
「なるほど、そういう話ならわかりやすい」
力を見せてみろということだと判断し、右腰にぶら提げた刀に手を添える。その瞬間、殺気を読み取ったのか銃士が一発の銃弾を放った。二丁持ちなのに一発だけということは、威嚇もしくは試験のつもりなのだろう。私は体を捻じって刀を抜き、飛んできた弾丸を真っ二つに切り払う。これには銃士も驚きを禁じ得なかったのか、にやりと不気味な笑みを浮かべている。私も力を誇示するかのように、力強い笑みを返してみせた。
「爺や、なにやってんの! それに君も! 冒険者同士で喧嘩しても何のメリットもないでしょ!」
「しかしお嬢様、この者が……」
「だって一流の冒険者しか進めないって言うから……」
怒気を含んだ呪医者の少女に銃士と同時に言い返し、公宮の許可を得てこいという意味だと説明されて、そっと静かに刃を収めた。
「うちの馬鹿が申し訳ない」
ゴリラは黙っていて欲しい。どや顔で返したのを少し恥ずかしく思ってるんだから。
迷宮10階の奥に棲みついている者、炎の魔人。
確かにエスバットのふたりが語るように、凶悪な化け物であることには違いない。
醜くでっぷりとした体躯は鍛造炉のような熱を帯び、どこか滑稽さを感じさせるおかっぱ頭の下からは水牛のような真っ黒い角を生やし、巨大な手からも黒曜のような色の爪を生やしている。発する声は気が狂いそうになる不快感を帯び、拳を振るう度に周りの空気を燃焼させて、辺り構わず火の粉を散らしている。
確かに強力で凶悪だが、どこか滑稽な姿も含めて、あのサラマンドラには到底及ばない。あれほどの威圧感と火力を目の当たりにした後では、油断しているわけではないけど、この程度の敵は余計に大きく見えたりしない。等身大の普通の化け物だ、天を衝くような巨体もなければ、火山の噴火のような炎を吐き出すわけでもない。相対して十分に勝ちを拾える類の化け物でしかない。
あえて悪辣に罵るならば、デブおかっぱ角笛魔人といったところ。きっとあの角は立派な笛になることだろう。
「ゴリラは待機、私が怪我したらすぐに回復! 攻めは私に任せろ!」
振り回す拳を避けながら切っ先を腕に突き込み、まずは腱を断つことを試みる。見た目通りに肉は厚く、簡単には骨まで達しないものの、一太刀ごとに確実に肉を裂き、傷口からは熱湯のようなどす黒い血が噴き出す。
時折撃ち込まれる避け損なった拳も、一撃で意識を刈り取るほどの威力はない。体を大きく揺らされるものの、すぐに体制を整え直して斬り返す。腕、腹、指、岩を削るように一太刀ごとに角を取り、適度に弱らせて動きが鈍ったところで必倒の一撃を繰り出す。
居合、鎧抜け。
鞘ごと刃を前方に繰り出し、相手との間合いを図りながら鞘を右手で前方に弾いて、左手に握った刀は後方へと引き抜く。弓のように引き絞った上半身を解放して、鞘を隠れ蓑に真っ直ぐに刃を突き立てる。その瞬間に全身の重さを上乗せして骨の髄まで穿つ一撃必倒の技だ。
炎の魔人の胸元に突き立てられた刃は鍔まで突き刺さり、心の像を貫いて背の骨をも穿った。
特大の血塊を吐き出した魔人は最後の力を振り絞って、懐から逃れようとする私に向けて抱擁を繰り出そうとするが、横から飛び込んできたゴリラの拳を横面に叩き込まれて、角を折られながら地面へと転がる。
「どうだ、魔人め! これがゴリラの女王たるわしの一撃だ!」
ゴリラが馬乗りになって、もはやぴくりとも動かない魔人に拳を執拗に振り下ろす。刀鍛冶にしたらそこそこの太刀が打てそうだなと、玄翁を振るう滑稽な獣を思い浮かべながら、返り血に染まるゴリラと魔人の亡骸を眺めていた。
「暑いのはうんざりだけど、だからといって急に冬になれとは言ってない!」
炎の魔人を討ち取り、さらに奥へと進んだ私たちを待っていたのは迷宮第三層【六花氷樹海】、燃えるような暑さの下層とは打って変わって体の芯まで凍えるような雪と氷の迷宮。この迷宮には氷花という貴重な植物が生えていて、大公様の病を治すにはそいつが4つばかり必要なのだそうだ。しかし、この氷の花、選りすぐりの衛士隊でも探せど探せど見つけられず、おまけに衛士も戻ってこない。
まったく人使いの荒い公宮だと呆れてしまうけど、お偉方の命は庶民の命よりもずっと重いのが世の常。そんな相手に貸しを作っておくのは決して悪い話ではない。大公様の命の恩人ともなれば、天に浮かぶ城も喜んで差し出してくれることだろう。
「よし、気合い入れて探すとしようか!」
「おうよ。こんな寒いところとは、さっさとおさらばだ!」
私とゴリラはあらん限りの気力を振り絞って、柔らかくも残酷な氷原へと足を踏み入れた。
浅(山田浅右衛門藻汐)
ブシドー レベル49
<装備>
野太刀、ボーンブレスト、まだらの手袋、ナイトグリーブ
<スキル>
上段:卸し焔
青眼:小手討ち、月影、雷耀突き
居合:首討ち、鎧抜け、抜刀氷雪
其他:鞘撃
剛莉羅
ペット レベル44
<装備>
ロックブレイカー、炎の首輪、脱兎のお守り、力の指輪
<スキル>
攻撃:アニマルパンチ、丸齧り、引っかき、体当たり
回復:傷舐め
補助:咆哮
探索:野生の勘