氷の花と天に魅入られた姫君(第3迷宮11F~15F)

笛鼠ノ月18日。
体の芯まで冷えるような寒さや、つるつると滑る氷に苦戦しながら氷の花を探していると、ばったりと見たことがあるような無いような顔と遭遇した。
「よう、お嬢ちゃん! 元気そうだな!」
「……ああ、カベドンさん!」
カベドンとは以前試験の時に同行したパラディンで、本名は長いので忘れた。あの頃はお金がなさ過ぎてシャツ1枚に盾を構えるという、中々に斬新な恰好をしていたけど、今はそれなりに羽振りが良いのか頑強そうな重甲冑に巨大な盾、それなりに斬れそうな剣を携えている。おまけに仲間が出来たのか、賢そうなアルケミストにムチムチした巨乳のダークハンター、常に冷静そうなレンジャー、斧を担いだ力自慢のソードマンを引き連れているのだ。
「ああ、こいつら? お嬢ちゃんのおかげだな」
聞けばカベドン、自らは百獣殺しの山田を鍛えた男と称して酒場に入り浸り、私がサラマンドラの巣から羽毛を持ち帰ったあたりで、勝手に慕ってきた若い連中をギルドに招き入れ、炎の魔人が倒されたと聞くや否や迷宮探索に乗り出したのだ。そして私たちや他のギルドと同じく、公宮から氷の花の採取を命じられて、今こうして再会を果たしたのだという。

「それでだ、俺たちも氷の花をみっつばかし集めたんだが……お嬢ちゃんの持ってる氷の花、俺たちに譲ってくれないか」
「私がカベドンさんから奪う、っていう手もあるね」
「冗談はやめてくれよ! なあ、お嬢ちゃん。俺に嫁と娘がいるのは前に話しただろ。公宮の報酬があれば、あいつらに綺麗な服の1枚でも買ってやれるんだよ。頼む、一生のお願いだ!」
などと人情味のある理由を語っているけど、実のところ寒さと敵の強さに疲弊して楽に氷の花を集めたい、というのが本音なのだろう。とはいえ、私もちまちま花を探すのは面倒だし、冒険者同士で協力し合うのは珍しい話ではない。ついでに言うと集めた数では向こうの方が多い。

「いいよ、ただし貸しひとつね」
「ありがてえ! 恩に着るぜ!」

カベドンは大して役に立たなそうだけど、あのカベドンを死なせずにこんなところまで来れたのだから、他の4人はそれなりの腕利きに違いない。カベドンが一番格下なのは間違いないとして、見たところ一番腕が立つのは斧の男、次にアルケミストの青年か。残りのふたりも足手まといになることは無さそうだ。
私も好き好んでゴリラとふたり旅をしているわけではない。たまたま仲間になる冒険者がいなかっただけで、質こそ問うものの頭数が増えるに越したことはない。
後々、大きな助けに繋がると期待して、カベドンたちに氷の花をひとつ譲ってあげることにした。

                    

カベドンたちのギルドが壊滅したと耳にしたのはその数日後だ。
彼らは公宮への報告を済ませて報酬を貰い、一部はそれぞれの家族に送り、残った金で装備を新調して再び迷宮に挑んだ。しかしその先で何者かに襲われ、命からがら逃げ帰ってきた。重装備で盾持ちのカベドンは比較的軽傷だったものの、他の4人は復帰も絶望的なほどの重傷を負い、二度と武器を振ることは出来ないだろうというのが公国薬泉院の見立てだ。もちろん迷宮で採取される珍しい薬草でも見つければ、そういった後遺症や欠損を治すことも出来るかもしれないけど、今のところそこまでの薬は開発されていない。

「また仲間集めからやり直しだ。あいつら絶対許さねえ!」
「意外と元気そうだね、カベドンさん」
「お嬢ちゃんも気をつけろよ! あいつら、俺の見間違いじゃなければエスバットのふたりだ」

エスバット、確か呪医者の少女と銃士の老人の二人組だ。ふたりは先に進もうとするカベドンたちに冒険を諦めるよう説得を試み、当たり前だけど断られ、そのまま戦闘になった。ハイ・ラガード屈指の冒険者とカベドンたちでは力の差は歴然、彼らは瞬く間にひとりまたひとりと討ち取り、兜に銃弾を受けてそのまま死んだふりをしたカベドンを残して全滅させたのだ。
つまり私の貸しは無駄に終わったというわけだ。こんなことなら氷の花を奪っておけばよかった。

しかしカベドンたちの死は、いや、誰も死んではいないけど、彼らは犠牲と引き換えに貴重な情報を持ち帰ってくれた。
まずはエスバットが冒険者潰しをしていること。冒険者が冒険者を襲い、ライバルギルドの足を引っ張るのは決してありえない話ではない。あのふたりがそういう手段を用いると先に知れたのは大きい。
それと呪医者の少女がカベドンたちに話した内容。まだ誰も見たことのないとされる天に浮かぶ城は実在していて、その城には天の支配者と眷属が暮らし、迷宮で死んでいった者たちの魂を集め、人の力が及ばない恐ろしい存在が待ち構えているという。私の目的でもある天に浮かぶ城、公宮が探している万病を癒す諸王の聖杯、そのどちらも存在しているらしいのだ。
「俄然やる気が出てきた」
「おうよ。わしの邪魔をする奴は、誰であろうとぶち倒すまでよ」
ゴリラのやる気はちょっと違う気もするけど、邪魔者は斬っててでも進むという点では同じだ。私には山田家の名を上げて城を手に入れる野望があるし、エスバットにはエスバットで妨げる理由がある。互いに譲れないものがあるなら斬るしかないのだ。

「というわけで、私たちも武器を新調した。まずは骨食(ほねばみ)!」
新たに手に入れた刀を掲げる。骨食、一振りで獲物の体を骨ごと両断する恐るべき切れ味を備えた長刀だ。巨象の角で作られた刀身に、邪竜の紫色の鱗を混ぜ合わせた禍々しい刃。これまでに交易所に並んできた刀とは別格の、紛れもない大業物だ。
「そしてわしの硬石のカギ爪!」
ゴリラが腕に嵌められた鉤爪を振り上げる。単純に良質な蒼い硬石を磨き上げた爪で、単純に硬くて鋭くて強い。刀であれば業物といったところだろうけど、あいにくゴリラ用の武器の目利きは専門外だ。
良い武器を持てば必ずしも勝てるというわけではないけど、なまくらよりは業物、出来ればそのさらに上。刀は斬れるに越したことはない。準備を整えた私たちは、エスバットの待ち受ける雪深い樹海へと足を踏み入れた。

                    

かつてひとりの巫医がいた。彼女はこの氷と雪の樹海で仲間を庇って命を落とし、彼女の魂は天の支配者ぶ魅入られてしまった。永遠の命を手に入れた巫医はもはや人ではなく、変わり果てた姿となって冒険者の行く手を阻む魔物と化してしまった。それでも大切な存在であることに変わりはなく、彼女を傷つける冒険者たちを退けてきた。

「言いたいことは解った。けど、私も退くわけにはいかないから」
私は徹底して呪医者に狙いを定める。銃士の弾丸も強力だけど、呪医者の搦手のような技の方が厄介だ。踊るような動きで剣を振るう呪医者の足捌きや呼吸を読みながら、攻撃に移る僅かな隙に狙いを定めて刃を伸ばし腕を貫く。唸り声にも似た悲鳴に焦った銃士の弾丸を斬って捨て、そのまま刀の間合いまで飛び込んで胴を横薙ぎに払う。
ふたりは白い雪の上に鮮血を撒き散らし、まさか負けるとは思いもしなかったのか呆然とした様子で私とゴリラを見つめる。
「……まさか、これほどの力を持っていたとは……」
「……我らの負けだ……好きにするがいい」
ぜえぜえと息を荒くしながら膝をつくふたりに、私は刀を振り上げたまま近づきながら、さてどうしたものかと考えていた。人斬りに狂った義姉ならば喜んで斬り捨てるのだろう。義妹たちは堅物なくらい真面目だから斬ってしまうかもしれない。だったら養父上ならば……

「私の家系は少し特殊でね、死刑執行人を生業にしている。ついでに刀の試し斬りや目利きもしているけど、本質は罪人の首を落とすこと。故郷では、人は死ねば仏になるって言われてるから、どんな悪人でも首を刎ねられたら罪は消える、と私は思うわけだ」
エスバットのふたりは、私の言葉で死を悟ったのか、首をもたげるように俯きながら静かに目を閉じる。大した覚悟だ、誰でも出来ることではない。偉そうに死に様は潔くと吹いて回っても、みっともなく取り乱す輩の方が断然多い。涙と糞尿を溢しながら命乞いする悪人を何人も見てきた。
「今の山田家の当主、私の養父上なんだけど、世間様から人殺しだの人斬りだの狂人だのと後ろ指を指されながらも、刑場以外では一度として人を斬ったことがない」
狂った義姉の話は今は置いておこう。義姉は首を落とす快楽に憑りつかれてしまったあまり、辻斬りや殺し屋の真似事なんて始めてしまった。強さと腕は申し分ないけど、養父上は義姉に家を継がせたくなくて当主選びなんて始めたんだろうし、そこを他人に語るには時間がかかり過ぎる。
「私は敵対するなら人が相手でも斬るしかないと思ってるけど、首を落とすなら罪人だけって決めてる」
深く息を吸い込み静かに刃を振り上げ、
「そして山田家に罪人か否かを決める裁量はない!」
呪医者の剣と銃士の二丁の魔銃を叩き切って、刀を鞘へと納めた。

「あなたたちの話は今頃ギルド長に伝わってるだろうから、処遇はあっちが決めてくれるんじゃない? 裁判を受けるもよし、ハイ・ラガードから逃げるもよし。罪人と決まるまでは、私の知ったことじゃないよ」

武士の情けというやつだ。ゴリラは少々不満そうな顔をしているように見えるけど、人間には人間のルールがあるし、山田家には山田家の誇りがある。私は養女なので山田家を継ぐつもりはないけど、かといって家名を汚すつもりもないのだ。
「じゃ、そういうことで。また会った時に罪人じゃなかったら仲良くしようね」
「ふん、浅に感謝するのだな。いや、浅を立ててやったわしにこそ感謝するのだな。そして末代までゴリラの偉大さを語り継ぐがいい」
傷口を舐める以外、これといった活躍をしなかったゴリラは黙っていて欲しい。
「馬鹿め! わしの回復がなければ、今頃おまえなんて死んでおるだろうが!」
それは確かにそうなので、それも黙っておいて欲しい。

扉を潜り抜けて、広大な氷池の彼方に佇む美しくもおぞましい氷姫に刃を向ける。
これが本当にかつて人間だったものの姿なのだろうか。上半身は水のように青い肌をした髪の長い女で、巨大な下半身は蛸だの貝だのが集まったような異形。動きは力任せな大振りで、匙で氷菓子でも掬うように簡単に氷塊や地面を削り取っている。避けるのは容易いとはいえ、当たればひとたまりもない。戦いを長引かせるのは危険と判断し、私は刀を体の正面に構えて、繰り出される暴風のような蛸足を避ける。

「一刀流奥義、一閃。青眼の型『阿修羅』」

周りを通り抜けた蛸足に狙いを定めてる。体の正中から放たれた刃は上下斜め六方に向けて縦横無尽に走り抜け、蛸足を切り裂きながら氷姫と異形を繋ぐ腰をも分断する。氷姫は最期の力を振り絞って分厚い氷を砕き、人では辿り着けない水中の奥底へと姿を消した。
永遠の命を持つということは、致命傷を負ってもいずれ傷を治して蘇るのだろうか。だとしたら彼女が傷つくのを妨げようとした、呪医者と銃士の気持ちもわからないでもない。
もし養父上や義妹たちが化け物になってしまったら、私も同じことをしないとは言い切れない。義姉だったら……まあ、そのまま放っておくと思う。

扉の向こうにはふたりの姿はなく、雪原に残った道標のような血痕は帰るべき町へと続いていたのだった。


浅(山田浅右衛門藻汐)
ブシドー レベル65
<装備>
骨食、ロリカハマタ、ゴーントレット、スケイルブーツ
<スキル>
上段:卸し焔
青眼:小手討ち、月影、雷耀突き
居合:首討ち、鎧抜け、抜刀氷雪
其他:鞘撃

剛莉羅
ペット レベル62
<装備>
硬石のカギ爪、純白の首輪、幸運のネックレス、キノコ型の飾り
<スキル>
攻撃:アニマルパンチ、丸齧り、引っかき、体当たり
回復:傷舐め、自然治癒、自然回復、最後の足掻き
補助:咆哮
探索:野生の勘

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