ゴリラ率いる(ペット加入)
「かつてベオウルフというギルドがあった。多くの獣たちが長だった男に寄り添い、共に仲間として戦った。その首輪は信頼の首輪と言って、獣と心を通じあわせて背中を預け合う仲間になるために必要なものだと聞いている。もし信頼できそうな獣がいれば、ギルドに加えてみるといい」
クロガネさんが遺した首輪を持ち替えった私に、ギルド長が説明をしてくれた。ベオウルフというギルドはパラディンと複数のペットからなるパーティーだったようで、クロガネさん以外にどんな動物がいたのか気になりつつも、ギルドの壁に形見の首輪を飾り、その下にそっと樹海で積んだ花を添えた。
ギルド長と並んで手を合わせ、少し宿でひと眠りしようかなと外に出てみると、冒険者たちの動きはいつでも早い。信頼の首輪の話は瞬く間に拡がり、狼や虎、熊、中にはパンダを連れた面々が当たり前のように町を闊歩している。町の人たちも早くも動物たちの馴染んだようで、何の違和感もなく当たり前のように動物に薬を売りつけたり、装備を見繕ったりしている。
「いや、馴染むの早過ぎでしょ」
思わず心の声が漏れる。中にはパンダ5頭の集団もいて、もはや冒険者なのか見世物なのか区別がつかない。そのうち獅子とか牛とか現れそうだなって眉をひそめていると、通りの向こうから巨大な、全身が黒い毛に覆われた真っ黒い大猿が現れたのだ。猿にしては大きく、おまけに全体的に太く分厚い。猿は俊敏さが身上の獣だとばかり思っていたけど、こういう猿もいるのか。俊敏さよりは頑強さ、もっといえば剛力が身上に違いない。
それが証拠に、たまたま通りがかった酒場の親父さんが片手で捕まえられて、しばらく臭いを嗅がれた後で放り投げられた。どうやらお気に召さなかったようだ。
厄介事にわざわざ首を突っ込む必要はないなと踵を返すと、物珍しさで集まった野次馬たちが道を塞ぎ、仕舞いには冒険者なんだからなんとかしろと言ってくる始末。
「いや、なんで私が……」
「だってあんた、あの百獣の王を倒したんだろ!」
「ほんとだ! キマイラ殺しの山田じゃないか!」
キマイラ討伐のおかげで、しかも単独での討伐という偉業は山田家の名を轟かせることに成功したようだけど、それにしては扱いが軽い。百獣の王では威厳が足りないというのか、それとも私の背丈が嵩不足なのか。どっちにしてもまだまだ名声が足りないようだ。
「やーまーだっ!やーまーだっ!」
周りはいつの間にか私を囲み、町の危機を救ってくれとでもいわんばかりの騒ぎようだ。
「わかった! わかったから!」
野次馬を押しのけて、半ば仕方なしに大猿の前に躍り出る。
間近で見るとその大きさが更に際立つ。両拳を地面に着けて身を屈めたような恰好なのに、丈は私より遥かに大きく、真っ直ぐ立てば倍以上はありそうだ。厚みは改めて語るまでもなく、二の腕なんかは私の肩幅よりも太い。腕力という点においてはヒグマをも凌ぎそうで、まかり間違っても弱いはずがない。そういう生き物だ。
ゆえに正面から殴り合ったりは愚策、知恵のある生き物たる人間様として言葉で説得することにしよう。
「なあ、猿殿」
「無知蒙昧な人間め。わしと猿の区別もつかぬとは、さては馬と鹿の区別がつかない者よりも馬鹿だな」
周りにはウホウホとしか聞こえていないのだろうけど、獣の言葉を理解出来る私には一言一句正しく伝わっている。
「我が種族はゴリラ、その名の通り剛力無双の羅刹の種族よ。愚かで弱く小さな人間よ、怪我したくなければそこを退け! わしは我がギルドに相応しい猛者を探している最中なのだ!」
どうやらこの大猿はゴリラという種族だそうで、おそらく剛力無双の羅刹ではない。剛力無双かもしれないけど、猿の親戚かなにかだ。
そしてこのゴリラ、自分のギルドを持っているということは冒険者のようだ。ギルドって獣でも作れるのか……作れるものなのか?
「猿……じゃなかった、ゴリラってギルド作れるの?」
「そこよ。わしには丁度手ごろな奴隷が数人いたので、こいつらを従えてギルドを作ろうとしたのだ。しかしあの甲冑女、ギルドの代表は人間でなければならぬと言いだし、おまけにわしの奴隷たちを保護するといって勝手に奪ったのだ。勿論わしも反論した、しかしあの女、言葉が通じないのかどれだけ訴えても埒が明かん。仕方ないから殴ってみたのだが、不覚にも返り討ちに遭ってしまった」
甲冑女というのはギルド長のことだろう。見るからに強そうな甲冑からして、只者ではないと思っていたけど、どうやら素手でゴリラを撃退できるほどの腕前らしい。すごいな、ゴリラを素手で倒すとか。絶対怒らせないようにしよう。
「そこでだ、わしは一旦引き下がることにして、ギルドの代表に据える人間を探すことにしたのだ。しかしだ! この町の人間、ちょっと小突いたり千切ったりするだけで、簡単に大怪我をする脆い奴ばかりで話にならん!」
人間にも罪人から善良な人まで色々いるのだから、獣にも人間と心を通じ合わせるのから腕力で支配しようとするのまで色々いても不思議じゃない。どうせ仲間にするのなら、こんなのよりはクロガネさんみたいな賢くて優しそうな獣がいいな、なんて思いながら溜息を吐いたところ、
「ぬぐああ! 人間、めんどくさい!」
ゴリラは癇癪を起こして、私目掛けて剛腕を振り回してきたのだ。
「癇癪で乗り切ろうとするな、このケダモノめ……!」
さすがにゴリラとはいえ町中で斬るわけにはいかない。手負いの獣ほど怖いものはないのだ、下手に傷つけて被害を増やすよりは、適当に痛めつけて森でも山でも何処かへ行ってもらおう。
鞘に納めたままの黒作大刀を握り、下から横からと次々にゴリラの頭を打ち据える。しかし皮膚と毛と肉が硬すぎて効かないのか、まるで微動だにせず、それどころか勝ち誇った様子で拳を振り回してくるのだ。おまけに軽く当たっただけでも馬に撥ねられたような、骨身に染みる衝撃と鈍痛。迷宮のお供にもってこいな腕力と頑丈さだ。
「少し痛いけど恨むなよ」
黒作大刀をゴリラの眼前に放り投げて、視界を塞ぎながら注意を引き、一瞬の隙を突いて地に伏せるように身を屈めた。そのまま犬のように駆けてゴリラの背後に回り込み、腰に下げた泉水を抜き、掌中で刀をくるりと半回転させて頭蓋に刃のない曲線を叩きつけた。要するに峰打ちだ。あれだけ鞘で打って平気なのだから、峰打ちくらい余裕で耐えるだろう。
続けて打った反動を利用して刀身を跳ね上げ、ゴリラの鼻先を峰で叩くように打ちながら鞘へと仕舞い込む。回転納刀『鉄車』、山田家に伝わる納刀術のひとつで、まあ曲芸みたいなものだ。本来は刀を収めるついでに首に一太刀浴びせる技だけど、ゴリラを斬るつもりはないから手加減しておいた。
さすがにちょっとは痛かったのか、ホギャアと狒々の様な叫び声を上げて郊外へと走り去っていくゴリラを見送りながら、ひびの入ってそうな腕や肩にメディカを垂らし、町の平穏が戻ってきたことを確かめる。
「やっぱり仲間にするなら狼、もしくは虎だな」
改めて言葉にしてみせる。なぜならかわいいからだ。
「で、なんでゴリラがいるんだよ?」
「言っただろうが。わしはギルドの代表に据える人間を探していると。お前は中々の腕前だし、これも何かの縁、我がゴリラ率いるの表向きのボスにしてやらんこともないぞ」
翌日、酒場の親父さんの具合を見に行ったところ、なぜかゴリラが店内に堂々と居座っていて、おまけに酒を樽で飲みながら私を待っていた。
ゴリラのギルド名はそのまんま【ゴリラ率いる】という名前で、所属しているのは目の前のゴリラだけ。どうやら奴隷にしていた人間は、保護されたまま戻ってこなかったようだ、当たり前といえばそれまでだけど。
「嫌だよ、お前と組むのなんて。その辺で雌ゴリラでも探してこいよ」
「わしは雌だぞ?」
「いや、ゴリラの区別なんか付かないから」
どうやらゴリラは雌らしく、豪快にぐびりぐびりと酒を流し込みながら、雌同士仲良くしようじゃないか、などと吠えている。もちろん傍で聞いている人には、なんか元気なゴリラと相槌を打つ不思議な小娘にしか見えないんだろうけど。
「よろしくな、人間の……名前はなんだった?」
「山田。山田浅右衛門藻汐」
「長過ぎる! アサ! これにしろ!」
もう好きにしろ。私は周囲から向けられる奇妙な眼差しに居た堪れなくなって、そそくさと酒場を後にしたのだった。
浅(山田浅右衛門藻汐)
ブシドー レベル34
<装備>
泉水/黒作大刀、ハードレザーベスト、チェイングローブ、フェザーブーツ
<スキル>
上段:卸し焔
青眼:小手討ち、雷耀突き
居合:首討ち、抜刀氷雪
其他:鞘撃
剛莉羅
ペット レベル20
<装備>
ヘルズクロー、花の首輪、脱兎のお守り、力の指輪
<スキル>
攻撃:アニマルパンチ、丸齧り
回復:傷舐め
探索:野生の勘