ぷかぷか!メガロドン海賊団航海記(9) 試してみる価値はある!
ダマバンドの南東、藻海と海流に囲まれた海域にひとつ巨大な塔がある。
荘厳な石造りの塔の天辺は雲の上にあり、下からではそれほどの高さなのか見当もつかないほどに高く、一体どこの誰か何のために作ったのか一切不明。灯台でもなければ要塞でもない、人が住んでいるとも思えない。そんな不可思議な塔なのだ。
【勝利の塔】
登り切った者に栄光を与えるといわれる塔で、建造者も設計者も不明。宗教建築とも考えられているし、はたまた暇な金持ちの道楽という説もある。ちなみに内部は登れるように螺旋階段になっていて、雲の上まで延々と続いているのだとか。
海都の発行した年代記によると世界中に同名の塔があるらしいので、ますますなんなんだかわからない。
「よし、登ってみよう!」
こういう塔にはお宝が付き物、きっと未だ誰も手にしていない金銀財宝なんかが隠されているに違いない。それこそ伝説大海賊の秘密のお宝なんかもあるかもしれない。
「えー、これ登るのー?」
「マキアさん、お嬢が登ると言い出したら登るしかねえんですよ。昔から言うじゃないですか、馬鹿と煙は高いところが好きって」
なにやら副官のコルセアが失礼なことを言った気がするけど、今は聞かなかったことにしよう。でも、天辺まで登った暁には蹴落としてやるんだけど。
私はめんどくさがるマキアと最初から諦めた様子のコルセアを従えて、党の内部、果てしないほど続く螺旋階段へと足をかけた。螺旋階段は塔の内壁を這うように設置されていて、その途中途中に踊り場があり書架になっている。あいにく本は劣化してどれも読めた状態ではないけど、時々まだ朽ち果てていない羊皮紙も残っていなくもない。壁には無数の立体的な像が彫られていて、そのどれもが人間ではなく魚と人間が混じった奇妙な姿をしている。
もしかしたらこの塔は、海都アーモロードの地下に存在する深都、その深都の王が争っているフカビトなる魔の勢力が築いたのかもしれない。人間はなにを信仰するかわからないところがあるので、もしかしたらフカビト信仰なんかがあったのかもしれない。まあ、考えても仕方ないのでひたすら登るんだけど、延々と歩いていると心がすり減っていくので、こういう無駄な考察も必要なのだ。
「おかーさん、疲れたー。おんぶー」
「嫌です、おかーさんも疲れてんです」
疲れすぎてわけのわからない冗談を言い出したマキアに冗談で返しながら、ぜえぜえと肩で息をしながら歩いていると、
「おや、メガロドン海賊団じゃないか! あんたたちも来てたのかい?」
「マイラ殿、お久しぶりで御座る」
後ろからいつぞや世話になったクロスジャンケの女首魁ザビィと手下のバリスタ二人、それとキリカゼさんが追いついてきた。聞けばキリカゼさんは塔の最上階にいる高名な僧侶が持つ仏の御石の鉢を、ザビィたちは海を制覇する前に世界中のお宝を見下ろそうと考えて、それぞれ登っているのだとか。
つまり私と同様、お宝のにおいに惹かれて登ってきたわけだ。さすが海賊と忍者、そうこなくっちゃね!
「……ぺぇーん……ぺぇーん」
「ん? なんか言った?」
へとへとになった私たちの背後から奇妙な鳴き声のような酔っ払いの声みたいな音が聞こえてきて、用心しながら振り返ってみると、下層にらんらんと輝く無数の瞳があった。魔物か、それとも他の侵入者か、距離があり過ぎて判別できないけど、その集団は津波のような猛烈な勢いで近づいてきているのだ。
「やばいやばいやばいやばい!」
「お前ら、へばってる場合じゃないよ! 走るんだよ!」
「御先で御座る!」
私はマキアとコルセアの背中を押しながら、ザビィは急に速度を増した手下に置き去りにされながら、キリカゼさんはシノビの技で壁を垂直に駆け上がりながら、それぞれ最上階へと急ぎ、ようやく天辺にまで辿り着いた。それと同時に、追いかけてきた魔物らしき集団も壁を突き破って私たちの前に飛び出し、そのでっぷりとした奇妙な姿を晒したのだ。
太ったペンギンを更に膨らませたような体躯に、綿を巻き付けたようなモッコモコの毛並み。その巨大なペンギンに付き従うように群れを成す、とさかをうねうねとくゆらせる小さいペンギンたち。
「……ペンギンだねえ」
「ぺんぎんとは何で御座る?」
「キリカゼさん、ペンギンっていうのは寒い地域に生息する鳥の一種で、全体的にずんぐりむっくりしてて群れで生活するの」
ペンギンたちは驚く私たちに特に関心は無いのか、巨大なペンギン……とりあえず大王ペンギンと命名する、大王ペンギンはボーっと日光浴を始め、ペンギンたちはぺぇーんぺぇーんと空に向かって鳴きながら、バタバタとその周囲を歩き回っている。
特にこちらに危害を加えるつもりはないようだ。だったら無視しておくのも選択肢ではあるのだけど、
「えぇーい! ペンギンだかなんだか知らないけどねえ、あたしたちの邪魔をするなら容赦しないよ! お前たち、攻撃準備!」
「あいあい!」
「さー!」
クロスジャンケの面々はペンギンと戦う気満々らしく、なんでこんな生き物相手に闘志が湧くのか不思議だけど、部下ふたりが巨大な弩を構えてザビィも腰に提げた、蒼緑に鈍く光る剣を抜いた。
「ぺんぎん殿、お覚悟を……!」
キリカゼさんも愛用の苦無を抜いて、ペンギンに向かって身構える。
「マイラ、私たちも加勢しよう!」
「そうだな、お嬢! ペンギン退治といこうぜ!」
なんでお前らも、そんなにやる気なんだよ。見てよ、ペンギンだよ、ペンギン……あれを突いたり刺したりするの、正直ちょっとやだ。かわいそうってなる。
「うおぉぉぉぉ! 効いてるか効いてねえのか、まったくわかんねえ!」
「おかしらぁ! もう矢が看板ですぜ!」
大王ペンギンはその体躯の通りに異常に頑丈なようで、矢をどれだけ撃ち込まれてもボヨンボヨンとその腹で弾き落とし、同様にコルセアが撃ち込んだ銃弾もキリカゼさんの苦無も、ついでにマキアの振り回す剣を受けても、大きな欠伸をしたリ星を眺めたり、時々ペンギンがどこからか持ってきた魚を飲み込んだりして、ただひたすらにこちらを消耗させてくる。
消耗してるのはコルセアたちだけで、私は特に戦闘に参加せず、わちゃわちゃと動いてるペンギンを1匹捕まえて、腹をこねくり回したり、ふかふかの毛並みを撫で回したりしてるんだけど。そういえば以前、ホームシックになった私にドレーク船長がペンギンのぬいぐるみを投げてくれたなあ。あのぬいぐるみ、どこにやったっけ?
なんて考えていると、いよいよ力尽きた戦闘員の面々がぜえぜえと滝のような汗を流しながら床に転がり、まだかろうじて体力の残っているキリカゼさんが薬瓶の蓋を開けて体力の回復を試みる。
こうなってくると、さすがに私の出番だ。ペンギンに怨みも敵意もないけど、このままでは埒が明かない。
とはいえ、ペンギンを攻略する手立てもないのでどうしようかと手をこまねいていると、目の前でさっきまで私が遊んでいたペンギンが、両のヒレをバタバタと動かしながら、奇妙な踊りのような動きを始めたのだ。
以前、どこかの漁村で聞いたことがある。この海のあちこちには豊漁や航海の安全を祈る踊りがあって、振りつけのひとつひとつには意味があり、それを踊ることで困難や危機を避ける力があるのだと。さすがにペンギンの踊りなんだか遊んでるんだかわからない動きに意味があるとも思えないけど、どっちみち大王ペンギンから攻撃してくることはない。時間だけは余るほどあるのだ。駄目で元々、このペンギンダンス、試してみる価値はある。
ペンギンに倣って両腕を前に出したりそのまま後ろに下がったり、時々くるりと回ってみせたり、意味があるとは思えない踊りを繰り返していると、私と踊るペンギンの背後でキリカゼさんがシノビの秘術『分身の術』で次々と分身体を作りだし、5人ほどに増えた途端に一斉に大王ペンギンへと襲いかかった。
『風隠れ流、奥義、多元抜刀……!』
文字通り風の如き速度で斬りかかり、あの分厚くて弾力に富んだペンギンの肉を易々と切り裂いていく。全身から青黒い血を噴き出した大王ペンギンは、そのまま塔の下へと向かって墜落し、
「ペンギンの 腹身に集るや 鰺の群れ われ白波の 藻屑となりけり」
となんだかリズミカルな断末魔を叫びながら、そのまま言葉通りに海の藻屑と化していった。
「辞世の句……まさか、あのぺんぎんが高僧だとは……!?」
キリカゼさんが驚愕した様子で塔の下を見下ろしているけど、たぶんペンギンは僧侶ではないし、仮に僧侶だったとしても高僧ではない。
「マイラ殿、此度の助力、感謝致す。それがし、主のためにぺんぎんの行方を追いかける故、失礼仕る」
「……たぶん高僧じゃないと思うけど、がんばってね」
キリカゼさんはそのまま塔の外側を器用に駆け下りていき、あっという間に海へと飛び込んでいった。シノビを極めたキリカゼさんなら心配無用、きっと海の中でも動けると思うし、サメに襲われても返り討ちに出来るに違いない。
「私たちも帰るか……おーい、みんな帰るよー」
果たしてこの塔に真の意味での勝者はいたのだろうか、なんてことを考えてみながらも、考えたところで何も得るものはないので残ったペンギンと一緒に塔を後にしたのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
元北海ガレオン艦隊提督ピリー
私の名はピリー、かつて北海ガレオン艦隊を率いた歴戦の海の男だ。今は色々あってペンギンの巣に囚われている。
色々というのは話すと長くなるのだが、かいつまんで話すと、ある日、私たちが南北の海の境界に停留していた時、巨大な勇魚に襲撃された。そして我が国が誇るガレオン船のを旗艦とする艦隊は壊滅し、気がつけば遥か海の底、フカビトとかいう人とも魚とも思わせる魔物共の巣に流れ着いていた。我々は幾多の犠牲を払いながら世界樹の下に沈んだかつてのアーモロードの都【深都】に辿り着き、深王を名乗る男と作られたばかりの機械人形の女に保護され、時折海都の情報を運ぶことを条件に地上へと戻された。
保護された際に壊死していた肉体の大部分を捨てて、アンドロなる機械の体に換えたのでスパイ活動は上手くいかず、碌な情報も送れないままでいたのだが、それはまあいい。
やがて海都アーモロードが航路復活へと乗り出したのを機に海へと戻り、交易都市ウガリート付近に放置されていた我が艦隊の旗艦を取り戻し、1年ほど前に勝利の塔へと辿り着いたのだ。このまま深都とも海都とも無関係な生活、そう、遙か西の海にある祖国への帰還を目論んでいたところをペンギンの群れに占領され、現在に至るというわけだ。
「ぺぇーん、ぺぇーん」
ペンギンも悪い生き物ではないので、ペンギン語で喋れば多少の意思の疎通も図れるのだが、いかんせんペンギンはペンギンでしかない。私を解放してくれるつもりはなく、かといって食べるつもりも奴隷として使役するつもりもなく、ただただ興味本位で生かされている状態なのだ。
ところがつい先日のこと、ペンギンの群れがいつになく慌ただしく帰ってきたかと思うと、彼らの後からひとりのシノビが乗り込んできて、
「そこの御方、もしや高名な僧で御座るか?」
などと聞いてくるので、
「僧侶ではないが、北海ガレオン艦隊の提督である」
と答えてみせると、ひどく落胆した様子で溜息を吐き、牢代わりの石柱やテヅルモヅルを手早く切り捨てて、そのまま立ち去っていったのだ。
かくして晴れて自由の身となり、久しぶりにガレオン船へと乗り込んもうとしたところで、
「やっぱりさあ、海賊たるもの、船は奪わないと駄目だよね!」
「まったくだぜ、お嬢。船を奪うのは海賊の誉れ、ガレオン船を拿捕して1人前ってドレーク船長も言ってたからな」
「へー。じゃあ、これで私たちは一流の海賊ってわけだ。折角だから船もこのままガレオンに乗り換えない?」
と物騒な会話を楽しそうに繰り広げる海賊たちに拿捕され、そのまま海都アーモロードまで運ばれ、流れで水夫として働かされる羽目になっていたのだ。マイラとかいう提督曰く、ペンギンの代わりなのだとか。まったくもって解せない話だ。
【年 齢】55歳
【クラス】アンドロ+パイレーツ
【所 属】メガロドン海賊団(水夫)
【出 身】不明(遙か西の国)
【装 備】ラティーンセイル
【適 性】全部