ぷかぷか!メガロドン海賊団航海記(6) もう全員強いでいいんじゃないかな
方々の港では「ラムは古酒、寝るなら年増」なんて言われているけど、船に限れば新しいに越したことはない。それも古船より大きければ尚よしってやつで、新造のキャラベル・ラティーナの乗り心地は実に快適だ。元の持ち主いわく「ボロでも板切れよりマシな」バルシャより船体はひと回り大きく、それだけ積み込める荷物も増えるし、装備の組み合わせも自由が利く。
私は意気揚々と帆を張って、カルバリン砲を積み込み、これまでの航海で踏み込めていなかった南東の海域へと向かうことにした。
南東の海域に行く道中には、狭い範囲で執拗に獲物を狙う海賊がいれば、その先には入り組んだ島々の隙間で渦巻く潮流があり、旧メガフカヒレ号で挑むのは自殺行為に等しかったけれど、新メガフカヒレ号となったからには今までとは勝手が違う。そう、ケチな海賊なんかの勝手は許さないのだ。
「メガロドン海賊団に逆らった馬鹿が、どんな目に遭うか、金玉が縮み上がるまで叩き込んでやる!」
私は行く手を阻む海賊船にありったけの砲弾を撃ち込み、海の放り出された海賊共を1回拾い上げて、改めて叩きのめしてから海へと帰し、その先の潮流を冷静に見極めながら奇妙な島へと辿り着いた。
その島は、なんていうかぬらっとした顔に見える巨大な人面岩が訪れた者を出迎えるように佇み、さらに岩の真下の縦穴を覗くと広大な空間が拡がっていて、人面岩の首から下が懲罰を受けている時のような、いわゆる正座の姿で収まっていて、おまけに島中の至る所に同じような人面岩が幾つも並んでいるのだ。
「つまりこれは罰を与えられた下っ端の姿だね……!」
「違うと思うぜ、お嬢」
副官のコルセアが、そんなわけねーだろと言いながら首を横に振り、かといってこいつも学があるわけではないので、この人面岩がなんなのかさっぱりわからない。
「どうせなら美女でも彫っててもらいたいもんだ」
「それは違うと思うぜー」
私は意趣返しでコルセアの口調を真似ながら言い返し、とにかく一度アーモロードへと戻ることにした。
【巨人の遺跡】
大異変前の古代技術によって作られた巨人たちが並ぶ孤島。地下空間は石の巨人を整備するための格納庫みたいな場所らしく、早速調査に向かった連中が石で出来た人面岩とはまた別の巨人に襲われたのだという。
「へー、それはまた厄介な」
「そう、厄介なことが起きてるんです!」
港の主からそんな話を聞いていたところ、薄紫色の髪をした若い、といっても私と似たような年と背丈の星術師の少女が割って入ってきた。
「おいおい、どうしたんだい、美しいお嬢さん。ちょっとあっちで話を……いってぇ!」
更に割り込んできたコルセアの脛を思い切り蹴飛ばして、詳しく話を聞いてみると、彼女は遺跡を調査するために海都から派遣された調査団……でもなんでもなく、アーモロードの街中で占いの館を営む三姉妹の次女。3人が3人とも自分以外の姉妹の方が優れていると思っていて、自分の属性が一番役に立たないと力説して、一向に引いてくれないのだという。仲が良いのか、それとも一周回って悪いのか、なんとも不毛な喧嘩もあったものだ。
「私は氷属性が一番ダメだと思うんです! 冷たいし、スープを冷ますくらいしか使い道がないし……なのに姉さんは炎の方が役に立たないなんて言うんです。炎なんかすごいじゃないですか、熱いし、庭に生えた邪魔な草とか魔法のように綺麗に出来るし。アンバーもアンバーで雷属性が一番無能だって言い張るんですよ! 雷なんてすごいじゃないですか。光るし、夜道も怖くないし野犬がびっくりして逃げていくし」
おそらく姉妹は姉妹で、炎で庭掃除をしたら家が燃えたとか、雷で光らせたら眩しくて溝に落ちたとか、そんな言い分なんだろうなあと呆れながら聞いていると、
「だから皆さん! 私の無能を証明するためにも、巨人と戦いに行きましょう!」
「え? なんで私も?」
「だって私たち、船なんて持ってないですから」
なるほど、そう来たか。私とコルセアは話を聞いてくれそうで、しかも船を持っている、という理由で彼女たちの喧嘩に巻き込まれてしまったらしい。あいにくコルセアは脛をしこたま強打して、路地を転がりながらゴミ箱に激突して、残飯を狙う猫たちに引っ掛かれている最中だけど。
「だーかーらー、あんたたちの方が役に立つって言ってるの! この私が言うんだから間違いないじゃない!」
長女のルビーは炎属性を得意とするシグナル三姉妹の長女。自己顕示欲が極端に高いらしく、自分の考えは決して譲らない。
「私が一番役に立たないに決まってるじゃない! 私なんて冷たいしか取り柄の無い社会の落ちこぼれだし」
次女のサファイアは氷属性を得意とするシグナル三姉妹の次女。卑屈を通り越して精神抑圧気味らしく、自虐もここまでくると一種の芸と評せるくらいだ。
「お姉ちゃんたちの方が役に立つよー。私なんてこの前、君みたいな全てを思いつきと電撃で解決しようとする人とはやっていけないって、振られたばっかだし」
三女のアンバーは雷属性を得意とするシグナル三姉妹の三女。雷にも似た突発性があるのか、考え方が支離滅裂らしい。
「うんうん、3人の言い分はわかるよ。でも、みんな違ってみんないい、そういう言葉もあるし、どうだい? 港に戻ったら俺と酒でも飲みに行かないか?」
副官のコルセアは、まあこいつはどうでもいいや。巨人に襲われたら盾にでもしよう。もし運良く生き延びたら、その時は星座の姿勢のまま土にでも埋めておこう。
三姉妹はそのまま不毛な喧嘩を続け、島に着いた途端に我先にと遺跡へと走っていき、そのまま石の巨人に向かって3色の閃光を走らせた。
3人が3人とも自分が無能だと謙遜していたけど、その気持ちも少しわからないでもない。なんせ三姉妹全員、ものすごく強力な星術の使い手で、屈強な石の巨人の装甲を焼き払い、あるいは凍らせて砕き、あるいは雷で貫いているのだ。星術は星々の力を借りて炎や氷や雷に変化させて放つ術で、使い手は数多くいるけれども、せいぜい火薬代わりがいいところ。これだけ強力な術は今まで見たことがない。
もう全員強いでいいんじゃないかなあ、なんて考えながら眺めていると、石の巨人は両腕で盾を作るように上半身を覆い、飛んできた星術を受け止めながら巨大な腕を振り回し、姉妹を次々と吹き飛ばしていく。戦う時は三姉妹一緒に、やられる時も三姉妹揃って。そんな窮地に陥りながらも私は身軽さを活かして巨人の注意を引き、その間にコルセアが回復薬を与えて姉妹を順番に起こしていく。そして蘇った端から強烈な星術を撃ち込んで、いよいよ巨人が動きを止めたかと誰しもが思ったその時、
「嘘でしょ……!?」
巨人は砕けた全身を再生させながら再び立ち上がったのだ。
しかし、だからといって諦めるような、お上品な育ち方はしていない。海賊はどこまでも姑息で卑怯で生き意地汚く、そして最終的には勝ってお宝を手にする、そういう風に出来ているのだ。石の巨人の目の部分に剣を突き刺し、視界を奪ったその隙に三姉妹が再び、力を圧縮した一等強力な星術を撃ち込んでみせた。さすがの巨人もこれには耐えられなかったのか、今度こそ動きを止め、焦げてるんだか砕けてるんだか貫かれてるんだかわからない姿で地に伏せた。
「やっぱりあんたたちが強いの! だって自慢の妹たちだもの!」
「いーや、姉さんが強い! だって自慢の姉と妹だもの!」
「お姉ちゃんたちが強い! だって自慢のお姉ちゃんたちだもん!」
「もう全員強いでいいんじゃないかなー?」
仲睦まじく手を取り合って互いを称え合う三姉妹を見届けて、私はもう付き合ってられるかと3人に混ざろうとしたコルセアを引っ張りながら船に戻り、そのまま島を後にすることにしたのだった。
ちなみに石の巨人、後で回収した調査隊によると動力源も一切不明、内部構造も再現不可能な代物だったのだとか。護衛に1体くらい欲しいな、海に落ちたら引き上げられなさそうだけど。
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もぎりのジャック
俺の名はジャック、もぎりのジャックといえば誰もが一度は聞いたことがあるはずだ。
数年前に齢40を過ぎて、そろそろ海の上ではなく地に足のついた仕事でもしようかとアーモロードに渡ったものの、どういうわけか紹介してもらった仕事は遊覧船の受付だった。遊覧船というのは最近始まった観光娯楽のひとつで、アーモロード周辺の安全な近海をゆっくりと周遊し、およそ半日ほどかけて帰ってくるというもの。乗客は暇を持て余した年寄りと、なにか勘違いした新婚夫婦、あとは子連れの親子といったのんびりしたものだが、こんなのでも最近までは運航できないほど危険が多かったそうだ。
メガロドン海賊団とかいう連中が灯台までの安全な航路を発見して、無事に整備が完了したおかげで近海の就航はぐっと安全度が増した。おまけにそいつら、海賊団を名乗っていながら、あちこちで海賊討伐なんかもしているものだから、この辺りを縄張りにしていた海賊は絶滅寸前らしい。俺の故郷のバタビア周辺でも海賊の姿はすっかり見かけなくなったし、海賊もたまには役に立つといったところか。
「なあ、ぼーっとしてねえで、早く受け付け済ませてくれよ」
「ああ、すみませんね。いや、どうもこの乗船券ってやつは文字が小さくて……」
「しらねーよ! ったく、おっせえなあ!」
そういうわけで遊覧船のお客は上々、受付にはいつも行列が出来、礼儀知らずの若者やわがままな年寄りに罵声を浴びせられる日々だ。
なあ、俺は確かに『もぎりのジャック』なんて異名を持つが、遊覧船の受付なんて人生で一度だってしたことはないんだぜ。一体全体どういうことだ?
「あー、ジャック君。君、クビね」
遊覧船の支配人でもある小金持ちのいけ好かない青年が、喉の前で横一列になぞるように親指を走らせながら解雇を告げてきた。一体全体どういううことだ?
そんなわけで無職になった俺は、真っ昼間から海を眺めてエールなんか飲んでいる。よく仕事後に呑むエールは最高だ、なんていうけれど、エールはいつ飲んだって最高だ。真っ昼間から飲んでしまう環境が最悪なだけで。
「お嬢、見てみろよ。遊覧船なんてやってるぞ」
「はぁ? 金払ってまで船に乗りたい奴なんているわけ……結構いるね。なんで?」
「どうせ暇人共が暇潰しに乗ってるんだろうよ。沈め! 藻に絡まって動けなくなれ! そして俺に土下座して泣きついてこい!」
酔いのせいか、年若い男女の会話に年甲斐もなく混じってしまった。しかし、今の俺はそんな体裁を気にするような立場ではない。無職の独身中年に失うものはない、仮に失うものがあるとすれば腕に染みついた長年の技だけだ。
「だがな! お前らのとこの船が藻海に突っ込んで動けなくなったとしても、俺はお前らが餓死するまで助けないからな! はっはぁ、ざまあみやがれ! もぎりのジャック様にえらそうにしやがって、クソが!」
「お嬢、絵に描いたような酔っ払いだ。絡まれる前に逃げようぜ」
男の方が邪険そうにそんなことを言うものだから、俺も思わずこう返してやった。
「エールを奢ってくれるなら、どれだけ藻が絡まっても助けてやるよ。なんせ俺は」
「もぎりのジャックでしょ。ドレーク船長から名前を聞いたことがあるよ、船底にこびりついた藻をあっという間に切る達人がいるって」
小娘の方はどうやら俺のことを知っているらしい。そう、俺はもぎりのジャック、藻切りの腕なら南海一の自信がある海の男だ。
こうして俺はメガロドン海賊団の水夫として、藻を切って海原を渡る新装備『鋼刃衝角』の整備員として働くことになったのだった。
ジャック
【年 齢】42歳
【クラス】ファランクス+ウォーリア
【所 属】メガロドン海賊団(水夫)
【出 身】交易都市バタビア
【装 備】鋼刃衝角
【適 性】甲板