燕は舞いゴリラは踊る(第4迷宮19F~20F)
虹竜ノ月1日。
日記を書くのも久しぶりになってしまった。
義姉に蹴落とされて未熟を悟った私は笛鼠ノ月の残り数日と天牛ノ月の大半を怪我の回復に、王虎ノ月と素兎ノ月も丸々含めた2月以上を修行に費やしていた。
以前、蟷螂を討ち取る時にもそれなりの日数を剣術漬けで送ったけど、今回はその比でないくらい長い時間が経ってしまった。とはいえ、ギルド長が言うには私たちのこれまでの進行速度はかつてない程に早かったようで、古参だったベオウルフは数年、比較的若いギルドのエスバットでも1年以上の時を迷宮探索に費やしていたそうなので、少々立ち止まっても問題ないということらしい。少なくとも別の誰かに先を越されるような心配は、まず間違いなく杞憂で終わるということだ。おかげで何の心配も無く修行に費やせた。
「というわけで、私に足りないものって何だと思う?」
怪我がようやく癒えた私の問いかけに、頑強な兜の奥で光るギルド長の目が少しばかり細まったような気がした。実際は兜のせいでほとんど見えてないのだけど、呆れたような半眼になっているのが気配で伝わってくる。この未熟な冒険写め、と呆れているに違いない。普段ならそんな苦言は聞く耳持たないところだけど、今の私なら馬の耳に念仏にならないように聞き入れよう。
さあ、何だと思う。筋力か、胆力か、それとも実戦経験か。なんだなんだ、なんでも思いつくものを言ってみろ。
「お前に足りないものは……信頼だ」
「しんらい?」
いやいや、私は信頼の首輪を授かった女だぞ。何を言ってるのだ、この甲冑は?
「なまじ強いから今までどうにか出来ていたのだろうが、本来樹海の攻略には仲間たちの協力、互いに足りないものを補い合う知恵、お互いに背中を預け合える関係性、そういった仲間たちとの信頼が必要不可欠だ。しかしお前は、最初から仲間を作らず迷宮に挑み、ようやくギルドのメンバーが増えたと思ったらゴリラ1頭、ひとつ聞くがお前、他のギルドの連中で顔と名前が一致する者が一人でもいるか?」
そんなことを言われても私は人見知り気味なので、そんな気遣いとか心労で疲れるくらいなら腕を磨いた方が余程楽というか……。
「もし自分に足りないものが知りたいなら、まずは信頼できる仲間を見つけて、そいつにでも聞くことだな」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
とはいえ、私は昔から人付き合いが苦手なのだ。なんせ恥じたことは一度もないけど御様御用の血塗られた家業、昔から周囲の人たちには薄気味悪がられて、おまけに義姉があんな人だから友達のひとりも作れたことがない。もしかしたら幼少期に友達が作れていたら、また違った強さが手に入っていたのかもしれないけど、無い物ねだりをしても仕方ない。
ここはひとつ、友情だの信頼だのといった目に見えない曖昧な強さではなく、もっと現実的で具体的な強さを追い求めよう。
そう、新しい技だ。
山田家の剣術も他流派の例に漏れず、幾つかの技がある。私が得意とする殺傷力に重きを置いた居合の構え、突きを主体とする速さに長けた青眼の構え、打ち下ろしの剛剣による破壊力重視の上段の構え、あとは正座或いは片膝での屋内戦闘用の御座式、あまり想定はしていないけど無刀徒手空拳での無形。仮にも免許皆伝ではあるものの、極伝に至っていないが故に習得していない技も幾つかある。
それが山田家の秘伝『ツバメがえし』だ。口伝でしか伝わっていない上に、養父上が二刀流故に先代から受け継がず仕舞いなため、まったくもって不明な技なのだけれども、どうやら上段からの壱の太刀で始まり、弐の太刀、参の太刀へと続く神速の連撃である、ということはわかっている。
「とりあえず魔物でも斬ってみようかな」
何事も為せば成る、為さねば成らぬだ。私は刀を腰に提げて、再び桜の舞い散る迷宮へと足を踏み入れた。第四層を選んだのは季節感が故郷に近いからだ。遠く離れた故郷と同じ桜の下でなら、なにか切っ掛けが掴めるかもしれない。そう考えた私は、探索がてら浮遊する足場と移動する浮島の上に立ち、容赦なく襲い来る妖鳥を片っ端から斬りながら、時に疲れたように眠り、時に叩き落とされそうになりながらも刃を振り続けた。
何十回、何百回と試してみて気付いたことがある。
予め決まった技の流れは、独りよがりでまず決まらないということ。壱の太刀を撃ち込む際の間合い、弐の太刀を斬り返す前の体の運びと位置取り、そして参の太刀では如何にして首を刎ねる形に移るか。ツバメがえしという技は、ただ速く刀を振るだけの技ではない。敵の気配、反射、反応、そういった動きを読み切り、なおかつ速度を落とさずに刃を振るう。
さらにその太刀筋には上段の渾身の振り下ろし『斬馬』、青眼最速の突き『月影』の変化、首への横薙ぎ『首討ち』が最も適していて、山田家の基本の三つの構えのすべてを使いこなせなければならない。それには心の強さも技量も体の強さも当然不可欠となる。
思考と洞察と斬撃、上段と青眼と居合、心技体、三種三様の刃を圧縮して重ね合わせた三本の神速の太刀、それがツバメがえしの正体だ。
妖鳥の左右の翼を削いで首を刎ねた時、私の手に確かな感触が残った。眼前に燕が舞い降りてきたような、天啓にも似た手応え……やはり実戦に勝る修行なし。私は修練の果てに新しい技を会得したのだ。
「というわけで修業してきた」
「まあ、お前がいいならそれで構わんが、もう少し他人の意見に耳を傾けた方がいいと思うぞ」
ギルド長が呆れたように肩の装甲を竦めたような動きを示した。助言と真逆のことをされたのだ、それも不思議ではない。しかし助言はあくまで助言、必ず従わねばならぬという決まりもないのだ。
「というわけで、わしに足りぬものは何だと思う?」
浅の修業が終わるまで特にすることがないわしは、少しばかりの暇をもらって地元に帰り、さらに山奥深くで眠る獣の中の獣、獅子王に問い掛けてみた。獅子王はかつて大陸の南の方で獣を召還する部族を窮地から救い、リチャードという名前を受け取り、さらに生涯の友としての盟約まで結んだというが、そんなものはわしにはどうでもいい。仮にも獅子の王を名乗るくらいなのだから、すべての生物の王となるにふさわしいわしに助言のひとつやふたつは言ってのけるに違いない。それをどう受け取るかはわしの自由だが、わしも馬ではない、たまには他者の意見を聞いてやるくらいの器量はあるのだ。
「貴様に足りぬのは忠義の心だ」
「ちゅうぎ?」
「我は盟友と心を通わせ、時にその身を守り、時に互いに背中を預け合って戦った。貴様の話を聞く限り、どうやら山田という人間と背中を預け合う様子も見えぬし、盾となって守ろうという気持ちも見えぬ。貴様が山田を守る盾となれば、その妙なサムライ女に後れを取ることも無かったのではないか?」
さらに獅子王が言うには、例えばクロガネなる狼は身を呈して主を守り、その間に主が剣を振るう、といった戦い方もしたそうだ。他にも銃士と組んだ獣は、撃った後の獲物を追いかけて捕らえたり、錬金術師と組んだ獣は術式が整うまでの時間を稼いだり、多くの獣は人間の力を最大限に引き出す戦い方をするのだという。
そして、それには忠義の心が欠かせぬらしい。らしいのだが、
「そんなもんくそくらえだ! いいか、このタテガミジジイ! わしは最強のゴリラの女王だ! なんで人間風情の盾にならんといかんのだ! なにが忠義だ、心を通わせるだ、ゲボが出る!」
まったく笑わせてくれる。要するにわしと浅が各々強くなったらどうとでもなるのだ。尻から捻り出した糞を投げつけて、ついでに獅子王たちの宝である珍妙な爪を盗んで山を後にした。この爪、にゃん2クローといってネコ科の前足のようなクリームパンめいた形をし、刀のように歪曲した三本の刃が生えている。ふざけた姿だが、威力はすさまじく、爪を研ぐだけで大地を割るような恐るべき破壊力を秘めているのだ。この爪にゴリラの女王であるわしの剛力が加われば、まさに天下無双。威力と膂力と剛力、まさに最強のみっつを重ね合わせた最強の三本爪なのだ。
わしはその足で迷宮へと赴き、最強の名にふさわしい勇ましさで暴れ回り、片っ端から魔物を殴り倒して新たな技を会得した。
まず体を左右に揺らしてステップを刻みながら、流れるような動きで残像を何体も作り出す。そのまま残像と残像の間を素早く行き来して実体を残し、行き渡ったところで一斉に殴りかかる。これがゴリラ流剛体術の奥義、ビーストダンスだ。
四方八方から襲い来る魔物を同時に薙ぎ倒し、この技は使えると確信した。浅が前衛でちまちま斬り合っている内にわしは残像を作り、後からおいしいところをすべて掻っ攫っていく。実にわしらしい! まさに冒険の主人公たるわしにこそ相応しい必殺技だ!
原理がわからない? 知るか、わしが出来るのだから構わんのだ!
わしは胸元をドンドンと叩きならし、迷宮の隅から隅まで轟くように豪快に笑ってみせた。
「というわけで修業してきた」
「なんだよ、その無茶を通して道理が引っ込んだような技。こっちは術理を突き詰めたっていうのに」
技を披露してやったら、浅がブツブツと文句を言いだした。どうやらこいつはこいつで新たな技を習得したようだ。なかなか甲斐甲斐しい奴だ、人間にしては腕も立つし肝も据わっている、おまけに努力家でもある。それでこそ、我がゴリラ率いるの軍団員に相応しいというものだ。
「よし、冒険の再開といくか」
「おうよ。強くなったわしの力に驚くがいい」
第四層の桜の回廊と浮島を超えた先、途中で会った有翼人によるとその向こうに天に浮かぶ城へと続く道があるらしい。ただし、その道は死への道でもあり、彼らが天空の女王と呼ぶ魔鳥ハルピュイアが立ちはだかっているという。その魔鳥はある日突然現れ、彼と仲間たちを襲い、多くの命を奪った。彼らは命からがら逃げ出し、天へと帰るため、何度か腕利きの戦士で討伐隊を結成したものの返り討ちに遭った。
彼らは彼らで大変なようだ。だけどこれは翻れば絶好の機会ともいえる。天に浮かぶ城の所有権は現在、有翼人は持っていない。ハルピュイアに力で奪われてしまった。そのハルピュイアを討ち取れば、当然城の所有は私に移るのは道理。誰に何をいわれるわけでもなく、城を手にする理由となるのだ。
「任せて、翼の生えた人! 私がその魔鳥、斬ってあげるよ!」
こういうのは勢いが大事だ、私は燃え盛る炎のような心持ちで魔鳥の縄張りへと踏み込んだ。
魔鳥ハルピュイアは両の腕から巨大な鷲のような翼を生やした、有翼人を人間からかなり遠ざけたような姿をしていた。その歌声は心を乱されるほど美しく、その爪は人を紙きれのように引き裂くほど鋭い。なるほど、まさに城への道を塞ぐ敵として相応しい。
相手に不足なし。私は刀を抜いて、天を裂くような大上段に身構えた。
「山田家秘伝、ツバメがえし」
魔鳥が翼を拡げて上空から襲い掛かったその瞬間、私は交差するように踏み込んで壱の太刀で片翼を落とし、身を翻す魔鳥の動きを先読みして弐の太刀で胴を逆袈裟に切り上げて、がら空きの首へ向けて参の太刀を振るう。首を落とすには至らなかったものの、刃は魔鳥の人間を模した顔を通り抜け、舞い散るどす黒い血と共に致命的な傷を与えるには至った。
魔鳥からしたら一瞬の攻防で片翼と胴と顔を失うとは思っていなかったのだろう、体勢を崩しながら地面を転げ回ったところに、実態を持つ残像を幾つも従えたゴリラが妙にかわいらしい恰好をした猫のような爪を叩き込んだ。
もはや勝負はついたようなもの。首から上を砕かれた魔鳥は闇雲に動き回ってみせたものの、もはや爪にも翼にも力は残っておらず、再び振るった三本の刃で完全に息絶えたのだった。
「……なんか思ってたのと違うけど、私たちは強くなったらしい」
「当たり前だ! そもそもわしは端から無敵、そのわしが最強の爪を手にしたら当然もっと無敵なのだ」
ゴリラが満足そうに爪を掲げてみせた。信頼とか忠義とか、そういったものとは縁遠いままだけど、これはこれで私たちらしいギルドの形なのかもしれない。
私は刀を鞘に納め、魔鳥の上にひらひらと舞い落ちる桜の花を静かに眺めていたのだった。
浅(山田浅右衛門藻汐)
ブシドー レベル71
<装備>
八葉七福、皇帝の胸当て、ガントレット、ブライトサンダル
<スキル>
上段:ツバメがえし、卸し焔
青眼:小手討ち、月影、雷耀突き
居合:首討ち、鎧抜け、抜刀氷雪
其他:鞘撃、白刃取り
剛莉羅
ペット レベル71
<装備>
にゃん2クロー、豪華な首輪、大トンボのピアス、随意の飾り
<スキル>
攻撃:アニマルパンチ、丸齧り、引っかき、ビーストダンス、体当たり
回復:傷舐め、自然治癒、自然回復、最後の足掻き
補助:咆哮
探索:野生の勘