ぷかぷか!メガロドン海賊団航海記(10) ただいま!
「そういえば、お嬢。アイエイアに行くのはいいけど、あそこはあそこで一癖も二癖もあるとこだぜ」
望遠鏡を片手に北大陸の海岸を眺めながら、副官のコルセアが溜息を漏らす。私たちが向かっている北大陸はこいつの故郷で、かつては多くの海賊を輩出した場所だ。旧エル・ドラゴ海賊団にもアイエイア出身者は結構たくさんいて、不漁で食えなくなった連中や街の不良、前科者、訳あり者はこぞって海へと飛び出して海賊となった。コルセアもそんな感じで海賊となり、屈強な元死刑囚たちと一緒にドレーク船長の船に乗り込んできたクチだ。
「ねえ、コルセア。アイエイアに付いた途端に一緒にお縄、なんてことないよね?」
「お嬢は俺をなんだと思ってんだよ」
なんとも思ってないけど、こいつのことだから有力貴族のお嬢様を孕ませたとか、そういう因縁のひとつやふたつ抱えていてもおかしくない。なんせ早撃ちクラスパーとして名の通った……通ってるかどうかは知らないけど、とにかく女に手が早い。夜のあっちの方も早いらしい。でも早かろうが遅かろうが、出来る時は出来るのが男女というものだ。
「前も言ったけど、俺のは大した犯罪じゃねえの。親が政治犯ってだけで、俺は別に何もしてねえ」
「そうだったっけ?」
言われてみたら聞いた覚えがあるような……いや、やっぱりないな。あったとしても、どうでもよ過ぎて忘れちゃったか。まあいいや、海に生きる大海賊は小さいことは気にしないのだ。
【交易都市アイエイア】
北大陸の玄関口で、代々女王が統治する港湾都市。女王はキルケ―の名と共に不思議な力を授かり、住民たちは女王の庇護の下、豊かな営みを送っている。はずなんだけど、港に繋がれた船は小型の漁船ばかり。かつての栄華はどこへやら、街には雪と一緒に寂しい北風が吹いている。
到達したアイエイアの港は随分と殺風景で、周辺都市との交流が少ないとはいえ独自の文化と狭いなりの豊かさで発展していた故郷、海上都市シバとは違い、寂れた港町という言葉がぴったり当てはまりそうな風格を醸し出している。見渡す限り廃墟、廃墟、廃墟、倒壊した建物もそのまま放置されていて、どこの街にもひとりやふたりはいるはずの物乞いすら見当たらない。
うちの両親もこんな場所で店やらなくてもいいのに、と思ったけど、実際ここまで寂れてるとは考えもしなかった。交易都市アイエイアといえば、シバにもその名を轟かせる大都市で、商人や旅行者が大勢行き交い景気がいいって噂で持ち切りだった。旧エル・ドラゴ海賊団にいた頃も、アイエイアが寂れたなんて話は聞いたこともない。
「なにが起きたのかな?」
「いや、元々大陸の玄関口だから、もっと内陸部に移住する奴は多かったんだよ。それこそ北のハイ・ラガードとかカレドニアとか、そこからさらに別大陸に渡ってエトリアとかオンタリオとか。人口自体は年々減ってたけど、女王はそれに関しては我関せずって方だからな」
「王族の責務を果たさないとは、女王の風上に置けないねー」
キルケーも出奔したシバの元女王にだけは言われたくもないと思うけど、マキアの言う通りではある。街の発展も衰退も結局は統治者の匙加減なので、住民たちが頑張ったところで激的に改善されたりなどしない。大災害で急激に壊れることはあっても。
「よその国のことはどーでもいいや、とりあえず私の家族を探そう」
うちの両親のことだから地獄以外ならどこでも生きていけそうだけど、さすがにちょっと不安になる寂れ具合。再会したらまず真っ先にシバへの帰還を提案しよう。
「あれじゃない? あの白レンガのシバ風の」
「俺が住んでた頃には、あんな場所にあんな店は無かったな」
廃墟と廃屋が立ち並ぶ路地の一角に、ぽつんと浮くように建てられた白レンガの小さな店。看板には『漁師風居酒屋シルバーソードⅡ』と書かれていて、店の壁には至る所に「ツケ禁止!」「前払いのみ!」「トイレだけの利用不可!」「うちは保護宿じゃねえ!」「食い逃げは見つけ次第ぶん殴る!」「泥棒は蹴る!」といった注意書きが貼られている。どうやら治安は相当に悪いらしく、本来店の外装にも内装にも拘り、余計なものは一切飾らない主義者の両親からは信じられない散らかり具合い。もはや店なのか、狂人の家なのかわからないレベルだ。
「ただいま!」
「金のねえ奴は来るんじゃねえー!」
扉を開けた瞬間、マグロ解体用の包丁が銃弾のような勢いで飛んできた。私は両手で挟むように受け止め、顔に刺さる寸前で地面へと放り投げる。どうやらここは実家ではなく、景気の悪さにやられてしまった殺人鬼の館のようだ。いや、悲しいかな、実家の2号店なんだけど。
「って、マイラじゃねえか! 今までどこ行ってたんだ、お前!?」
「マイラ! マイラじゃないの! おじいさん、おばあさん、マイラが帰ってきましたよ!」
「ほんとうじゃ! マイラじゃ! わしらのマイラじゃー!」
「あれまあ、ちょっと見ない間に随分大きく、はなってないけど、大きくなって!」
「わん!」
私に気づいた父・母・祖父・祖母・犬が次々と駆け寄って、私を囲んで持ち上げて、わっしょいわっしょいと胴上げを始める。小さい頃はなにかある度にこうやって胴上げをされたなあと感慨に浸っていると、私の成長を考慮していなかったのか天井に叩きつけてしまい、手入れ不十分な証明がガシャンと音を立てて墜落する。
「よかったな、お嬢。家族と再会できて」
「誰だ、貴様ぁ!?」
感動して洟を啜っていたコルセアの下腹部に、父の前蹴りが思い切り突き刺さる。どうやら悪い虫と勘違いしたらしい。そういえばうちの親ってそんな人たちだった、ちょっと過保護というか親馬鹿というか喧嘩っ早いというか。
「マイラの野良犬感って遺伝だったんだねー」
「……マキアさん……感心してないで……俺の竿を心配してくれ……ぐえっ」
そのままコルセアは上から覆い被さった母に首と腕を極められて、綺麗な肩固めの形で締め落とされた。安心しろ、コルセア、骨はアイエイアの地に埋めてあげるから。
「というわけで、こちらが副官のコルセア君、そして船員で元シバの女王のマキアさん」
うちの両親は自分たちの故郷シバの女王が目の前いることに驚いていたけど、漁師町暮らしで培った図々しさですぐに受け入れて、北海ガレイのフライや大陸マンボウのピリ辛炒め、オオヤリイカの刺身なんかを振る舞ってくれた。店は荒れてるけど料理の腕は落ちてないようでよかった。出来ればこのままシバに帰って、前のような店構えでやり直して欲しい。
「そうだなー、マイラとも再会できたし帰るのもいいかもなあ。マキア女王、シバは大丈夫なんですよね、あんた出奔しちゃってるけど」
「ええ、元々暗殺されそうだったんで。今は影武者が本物の女王として統治してるはずです」
「なら安心だ。よし、マイラ、このままシバまで送ってくれ」
マキアの物騒な返答をしれっと聞き流して、店の備品を次々とメガフカヒレ号に積み込み、ついでに泡を吹いて白目をむいているコルセアも積み込み、私たち一家はそのままアイエイアの港を後にすることにした。
船が港を出た直後、海上から巨大な、上半身は哀しげな表情を浮かべる美女で、下半身はありとあらゆる海洋生物を組み合わせたような怪物が現れた。
「何あれ!?」
「あいつはスキュレー。女王に怪物に変えられちまった哀れな女だ」
両親が言うには、女王キルケーにはグラウコスというお気に入りの側近がいた。しかしグラウコスにはスキュレーという美しい恋人がいて、そこに横恋慕した女王が彼女を醜い魔物の姿に変えてしまった。スキュレーはアイエイアの地を追われて海へと逃げ出し、しかしグラウコスへの想いとキルケーへの恨みを抱えてアイエイアへと戻ってこようとするのだという。その結果、進路上にいた交易船は次々と破壊され、大型船の出入りが不可能になり、港は瞬く間に寂れてしまった。おまけに女王が魔術でそんなことをしたという噂は住民たちの間にもしっかり広がり、次は自分の番かもしれないと恐怖した者は次々と内陸部への移住を始め、この数年の間に人口は1割以下にまで減ってしまった。
と常連のいつも酔っぱらっているおじいさんが教えてくれたそうだ。
「その通り! せめてあの怪物を葬ること、それが私に出来る唯一の、そして最後の償いなのだ!」
いつの間にかメガフカヒレ号の隣に並んで進む小さな漁船。その上で槍を構えて佇む老兵士が言い放った。もしかしてこの男が例のグラウコスなのか? 年老いてるからピンとこないけど、熟女からしたら横恋慕も致し方ない男なのかもしれない。いや、わかんないんだけど。
「スキュレー、せめて安らかに眠ってくれ」
老兵士が槍を構えたその時、凶暴そうな虎が現れて怪物めがけて咆哮を上げる。しかし怪物も見た目通りの怪物、そんな雄叫びには目もくれずにタコのような触手を振り回し、巻貝のような角を繰り出し、老兵士の乗った漁船を木っ端微塵に粉砕して、メガフカヒレ号へと近づいてくる。
「お嬢! 気がついたら怪物がいるんだけど、どうなってんだよ!?」
目を覚ましたコルセアが大型の盾を構えて、そこに身を隠しながら次々と銃弾を撃ち込む。その隙にマキアが号令を上げながら水夫たちを奮い立たせ、私は先日のキリカゼさんの技にヒントを得て編み出した新しい戦術を仕掛ける。シノビの分身の術と軽業、そこに海賊の我流の剣術を組み合わせた連続攻撃。怪物の剥き出しの美女部分にがっちりと剣を突き刺して動きを封じ、店の備品と一緒にしれっと積み込んだカロネード砲をどてっぱらに撃ち込み、ようやくその動きを止めた。
そこに改めて老兵士が呼び出した虎の咆哮が怪物を包み、組み合わせた海洋生物をバラバラに引き裂きながら、そのまま海の底へと追い遣ることに成功した。
「さらば、スキュレー……すまぬ……」
老兵士の横顔からは何故か一筋の涙が伝っていたけど、結局この人がなんだったのかさっぱりわからないから、まあ涙を拭きなよとハンカチを渡すくらいしか出来ない。しかし老兵士はそんな気遣いは不要と静かに頭を下げ、海の上に浮かぶ残骸に飛び乗り、板切れを器用に櫂の代わりにして港へと戻っていった。
「よし、私たちも帰ろう。一旦シバに」
数日後、無事にシバに辿り着いた私は、うちの家族を港に下ろして再び航海へと繰り出すことにした。
ちなみに再建した漁師風居酒屋シルバーソードⅢは順調に売り上げを伸ばし、漁師たちの胃袋を満たしてくれてるのだとか。めでたしめでたし……めでたいのかなあ?
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勇魚漁師メルヴィル
「やっちまったぁぁぁ!」
そう叫んだ瞬間、俺の乗っていたフリゲート船は海中から襲いかかってきた化け物に船底をぶち破られ、折角用意した捕勇魚砲もろとも海に投げ出された。
この捕勇魚砲ってのは、カロネード砲の発射口に巨大な銛を取り付けて、爆発力で勢いよく発射、勇魚の胴でも頭でも貫いてやるぜって新兵器だ。そいつでもって南北と西の海の境目を荒らす巨大勇魚【ペンドラ】を討ち取ってこいと命じられた。誰にって、馬鹿言ってんじゃねえ、そりゃあ領主さまに決まってる。俺は勇魚獲りの精鋭部隊に加わってペンドラ退治に向かったんだが、まさか狙いを定める前に船を壊されるなんて一生の不覚だ。
くそっ、魚め! あのでかい魚め! ゆるせねえ、捕勇魚砲をケツにぶち込んでやる!
と憤慨していたところを、たまたま通りがかったメガロドン海賊団とかいう連中に見つけてもらい、捕勇魚砲と一緒に救助された。最初は捕勇魚砲だけ回収して帰ろうとしてたから、大声で喚き散らして引き上げてもらったんだが、命の恩人であることに変わりはない。
見たところ、マイラとかいう提督もあと数年したらかなりの上玉になりそうな顔をしているし、マキアという船員は着飾ったら絶世の美女に化けそうだ。こいつは俺の捕勇魚砲も火を吹くぜ、なんて思わず腰に力を入れていたら、コルセアという優男の副官にポンと肩を叩かれ「金玉が無くなる覚悟があるなら止めねえよ」と心の底から震えるような台詞を吐かれた。
駄目だ、俺はペンドラを討ち取るまでは死ねねえ! 金玉失うのは、それからだ!
ということで、どうしてもペンドラを討ち取りたいと提督に頭を下げ、アーモロードで名人と名高いネッドという漁師と肩を並べてあの海域へと戻り、船よりも大きく、凶悪な面構えをして、甲殻に覆われた怪物のような勇魚に再び挑んだのだった。
捕勇魚砲が奴の胴体めがけて火を噴き、ネッドの銛が弱った奴の頭に突き刺さり、他の船員たちが海に放った網に捉えられたペンドラは、あわや船を破壊せんといわんばかりの抵抗を見せながら、渾身の力を振り絞って大きく海面から飛び出してきたのだった。
ん? それからどうなったって?
俺がこうやってしっかり生きてる、それで答えじゃねえか。
【年 齢】34歳
【クラス】バリスタ+ファーマー
【所 属】メガロドン海賊団(漁師)
【出 身】古代都市ウガリート
【装 備】捕勇魚砲
【適 性】漁師